留学生にとってなにより大事なのはI-20という滞在許可の書類を正しい状態でキープし続けることなのだが、それをゲットしに行こうと思ったのに諸問題発生して目的は達せず、薬の補充を注文したら保険の変更にともない薬局が変わることが発覚して、保険のオンラインアカウントのエラーも直したいのだが支店が開いてるうちにたどり着けず、腹いせに交換キャンペーンやってるiPhoneでも買ったろか、とアップルストアに行ったらレジだけで20分待ちだというので頭きて帰ってきた。

家族で外食、Olmstedという店。Yelpにはアメリカ料理って書いてあるんだけど全然アメリカ料理じゃなくて、タイ料理中心にエスニックを適当解釈した、フュージョンとまで行かないアジアンキュイジーヌみたいなやつ。全体にスナック菓子みたいな味で、ボストンで住んでたマンションの1階に入ってたタイガーママっていうチャラいタイ料理屋を思い出した。クレソンのフライがうまかった。隣にガチ印度料理屋があるんだけどガラガラで気の毒。

きのうは走り始めて1分経たないうちに右膝に激痛でそのまま帰宅。もともとガラスの両膝なんだけど、脆すぎるだろう。思い当たる原因としては靴かな。軽いから良かろうとUltraZoomで走ってたんだけど、ニットスニーカーって着地時にぐにゃっとスタビリティ悪い感触があって、それが膝に悪かったのかもしれない。マッサージとストレッチしてなんとかごまかせるようになったので、今日は雨靴に使っているトレランシューズで35分、4.8km。筋肉がもつなら少し速いほうが関節は楽ね。

名盤ドキュメント「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」を見た。松任谷由実の回が面白かったので期待していたところもあったのだが、正直に言うとあんま興奮しなかった。まず思ったのは、これ流すくらいだったらソリトンside-BのYMO特集を再放送したほうが、だいぶ面白かったし2019年にやる意義もあったのではないかな、ということだ。

象徴的だったのが卓球のコメントで、語ってるエピソードも語り口も20年前のside-Bのときのコメントと(ワザとかな、と思わせるほど)同じで、つまりこの20年の停滞を強く感じさせられてしまった。ほかのコメンテーターも、20年前とは顔ぶれが一新されているのにびっくりするくらい言説に新鮮さがなくて、失われた20年とかってこういう意味だったのかーとすら思った。

そりゃ同じ音楽の話をしてるんだから同じ言説の反復になって当然だ、という意見もあろうけど、なんかそういうレベルの話じゃないんだよね。YMOの、というか細野さんのありがたがり方が完全に固定化、陳腐化、形骸化してしまっているのがいまさらながらに再確認されてしまった。

そのなかでひとり気を吐いていたというか、よっさすが、と思わせてくれたのが中沢先生で(わたしは中沢新一の追っかけ学生たったので、どうしても先生と呼ぶ以外の呼称を持てない)、思わせぶりで喚起力の高い言葉ばかりを、いいテンポで紡ぎ出しては聞く側の想像力をいたずらにくすぐる、あのぺてんとケレンに満ちた魅力的な語り口が息を吹き返していたのでなんだか安心した。一時より元気になっていたように見えた。

それで細野晴臣YMOプロジェクトに見た夢について、「コンピューターを換骨奪胎して西欧文明のスタンダードに別の土台を据え付ける」みたいなことを語っていて、その言説自体は既視感の拭えないものではあるけれど、しかしながらコンピューターと西欧文明という単語の連想でハッとさせられたのだった。ああ、中沢先生って、いまでいうと落合陽一みたいな存在だったのだなー。

ここで言う「みたいな」っていうのは、思想が似てるとかそういうことじゃなくて、トリックスター的な見え方をまとって世に出てきて、アカデミズムの本流や旧世代からは浮ついている、内実がない、信用ならないと見られて、なんなら詐欺師扱いされて、だけどあるセグメントの若者には教祖的といっていいほど熱を持って受容されているし求められている、という、そういう立ち位置の。

やっぱり2019年のエルダー層たる私には、落合陽一はとてもじゃないけど幼稚でおままごとにしか見えてないんだけど、1987年の大人には中沢新一がそう見えていたんだろうなー、と思い至ったのだった。ただそこでふと気づいたのは、中沢先生のバックグラウンドはド左翼だけど落合陽一は政権与党べったりで、そこの違いに時代性が大きく宿っているのかも、と思ったりもした。

話がだいぶドリフトしちゃったけど、そういうわけなので、もしここを読まれている若い方で先日の名盤ドキュメント「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」がすげー楽しかった! って人がいましたら、ぜひ、もうほんと盛り上がれますんで、ソリトンside-BのYMO特集を違法アップロードかなんかで検索して見てください。おれのノスタルジーを差し引いても1000パーセント保証しますんで。

さて筋肉痛がすごい。おとついまで寝たきり老人みたいな暮らしをしていたのだから仕方がないけど、それにしてもしんどい。ただここで休むと正式な三日坊主になってしまうので、血流で筋肉痛を散らす目的でちょっとだけ走った。20分、2.9km。

野暮用があり、ロックフェラーセンターにある銀行まで。英語が不自由なのでテクニカルな話になるとほんましんどい。そのあとCCNYにて事務手続きいくつか。学生用の管理画面がめちゃくちゃ使いづらい。ディスりまくっていたバークリーの管理画面、あれマシな部類だったのだなー。ランは見栄張って飛ばして即バテた。小僧か。25分、4km。

日本に一時帰国して12月初旬に戻ってきてからきょうまでの1か月、ぶっちゃけなんもしてない。寝て過ごす時間が多すぎてさすがに不安になってきたので、走ってみた。4.2km、30分。

子供のころから30代前半まで、自分で発達障害を決めつける程度には失くしものが多かった。たとえば運転免許は8回再発行している。財布はその倍以上落としている。切符なんて電車に乗る前に紛失するのもしばしばで、けれど30代も半ばになってようやく、モノを失くさないためのシステムを自分でオーガナイズできるようになってきて、それは財布は持たない、カードはスマホケースに入れスマホは手に持つ、鍵はダサくてもカラビナにつけてベルトループ、切符は同伴者に預かってもらう、といったどうでもいいことの集積なのだけれど、劇的に失くしものが減った。

それが、ひさしぶりに大事なものを落としてガックリきている。ペンだ。これ輪にかけてどうでもいい話だけど、「新しい文章力の教室」の表紙に描いてもらったあのペン。少しでも文房具に興味ある人ならあれがLAMYのSafariなことはひと目でわかると思うんだけど、万年筆じゃなくてローラーボール、イエローじゃなくて限定色のネオンイエローであることが自分にとっては小さなおこだわりで、2013年の限定色だったから5年とちょっと、使ったことになる。

この5年を思い返せば自分の人生にとってイベントの多いシーズンで、婚姻届も、大学の願書も、会社関係の契約書類も、出生届も、親の死亡届もこのペンで記入したのだった。同じのを買い直したい気持ちにもなったのだけれど、何か過去にしがみついているみたいで少し気が引ける。2015年のネオンライムを使わずにしまいこんでいるので、心機一転それに変えることにしようと思う。

Safariローラーボールはやたら太いのとインクがにじむので、スムースなゲルインクが使われているSarasaやシグノの替え芯に交換する人が多いけれど、私は純正の安定しない書き心地がむしろ好ましく思えて、いろいろ試した末に純正のブルーブラックを使っている。なんでも高性能ならいいってもんじゃないというのも、わかるようになったのは30代に入ってからな気がする。

 

ウィンタージャズフェスティバルに繰り出そうと思っていたのだが、気乗りせず、家でロイハー追悼5時間ライブを見て過ごした。昼のトークセッション(ミシェル・ンデゲオチェロ×ネイト・チネン)だけでも行けばよかった。

twitterでは言及を控えているのだけれど、いままた、大学生になっている。言及を控える程度にはデリケートな話で、建て前としては自分の興味対象についてもう少し学び直したくて、ということになる。実際のところはまあなんというか、ヘマこいたからなんだけど、ルール上それを公言することはできないので、なんというか察してください、ええ。海外在住のみなさんはお察しのとおりです。

さてどこに通うことにしたかというと、私の出た音大もいちおう名門と言われるとこだったけど、NYCにはニュースクールやMSM、ジュリアードといった名門音大があって、しかしそれらはどこも私立で学費がバカ高いので今回はかんべんしてもらって、公立でポピュラー音楽の学部があって近郊で、ということでCCNYことシティカレッジを選んだ。院も選べたけど、学費が倍なので、学部にしておいた。

余談になるけどいまアメリカの私立音大の学費は1学期およそ200万が相場で、ふつうは年に2学期だから400万ということになる。90年代後半は1学期70万円くらいだったので20年で3倍弱、消費者物価指数はおよそ2倍なので高騰と言っていいだろう(20年物価の変わらない日本人から見たら狂騰だ)。もちろん奨学金が豊富に用意されているので、できる子はまるまる払うことはないけれど、それでも高所得の家庭じゃないとしんどそう。

かたやシティカレッジならトップランクではないけれど公立なので1学期35万円くらいで済む。市の補助が出れば半額だ。まあそれなら払ってもいいかということで、決めた。決めたのだけれどブルックリンからハーレムの先までは思ったより遠くて、転入生向けオリエンの初日だったきのう、すでに心が折れそうにはなった。あ、いちおうアメリカの大学を出ているので転入生という扱いになっている。

この転入という仕組みはアメリカのいいところで、ハードル低く利便性高く設計されていて、安くて入りやすいところからスタートして、熱意と実績でどんどんいい大学に繰り上がっていくような人はいっぱいいる。たとえば家がリッチじゃなくても、コミュニティカレッジとかの無料大学でがっつりがんばって最後の数学期だけ名門大に通い、少ない金額で名門大卒をゲットするスマートな子もいる。

ただそれは簡単じゃないね。低偏差値の大学と名門とされる大学、何が違うかといえば環境で、このばあい環境とは教科書でも設備でもなく人のことで、第一に学友、第二に教員、第三に職員が違う。どう違うかといえば意識の高さが違って、意識の低い人間に囲まれて努力と志を継続するのは、意識の高い人間に囲まれて同じことをする何倍も何十倍も、なんなら何百倍も難しい。

なんでこんな断定的に書けるかというと、これもいつか書きたいと思うのだけれど私は1学期だけ底辺大学に通ったことがあり、そこで見た底辺大学の現場にうちのめされた経験があるからだ。だから初めから名門の子と成り上がりの子がいたらおれは成り上がりの子のほうをより尊敬するし、あと意識高い子たちのことを意識高い高い〜とか揶揄してる大人はみんなくたばればいいと思う。意識は高いほうが、いいよ。

めずらしく朝もはよから立て続けに所用があって、日が暮れるころにはバッテリーが切れてしまい、子供より早くに寝てしまった。体力が異様に落ちている。なんとかしないと。

先日、やり手とされるフィナンシャルアドバイザーの人と話す機会があって、その会話の本筋ではないのだけれど、アメリカの人ってほんとアメリカのことしか気にしてないんだなー、と思うことがあった。その人は世界経済に目を配って投資顧問みたいなことをしたりしているのだけれど、でもその人が何を観察し何を話題にしているのかといったら、アメリカのことばかりなのだ。

なんだけど、実際のところその人は、この乱世(昨年9月にあった大きな潮目以降、世界経済は完全に乱世)に大きく読みを外すこともなく成績を出している。なんでなんだろ。って考えるとたぶん、米国市場にはグローバル企業がたくさん包含されているし、なによりアメリカの政治や景気が世界経済に与える影響は甚大なので、アメリカ中心に見てればおおかた事足りてしまうってことなのかもしれない。

同じことはカルチュアルな分野でも思うことがあって、ジャパンがガラパゴス化したしたっていうけど、ガラパゴス度で言ったら断然アメリカのほうがすんごい。邦画しか見ないアメリカ人、邦楽しか聞かないアメリカ人は日本の比じゃなく多いと感じる。だけども実際のところ、いまだに世界の潮流はポピュラー音楽でも映画でもアメリカ主導で推移しているので、それがガラパゴスには見えないという現実がある。

もひとつはさっきのグローバル企業の話みたいに、沿岸部中心に多民族社会なおかげで、国内コンテンツにいろんな国、いろんな民族からの影響がセットインされている、という側面もあると思う。いまさら言うまでもないけどアメリカ音楽が強靭な理由は、カリブやアイルランドや東アフリカやラテンアメリカや世界中からのエッセンスが溶け込んでいるからで、それは言ってみればカルチャーのグローバル企業ということだ。

すこし話がドリフトするけど昨年はサウスロンドンからの音源がたくさん届いた年で、また個人的にはパリやベルリンを旅して現地の音楽に触れた年でもあった。ところが文化的には好ましい要素満載のヨーロッパ大陸なのだけれど、こと音楽においては、まったくもって自分にとって面白みにかける音楽ばかりだった。なにより驚いたのは、これまで自分は黒人音楽ファンだと思っていたのだけれど、違った、ということだ。

ヨーロッパから聞こえてくる音楽も、半分以上は黒人によって鳴らされていたのだ。だけれどもアメリカの黒人音楽に顕著にみられるような重心の低さとレイドバック感覚が、皆無といっていいほどないのだった。つまりこういうことだ。私は黒人音楽ファンだと自認していたけどそれは誤解で、アメリカの一部黒人の奏でる音楽のファンなのであった。これはいまさらだけど結構自分でびっくりした。

言うまでもなくロンドンもパリもベルリンも多民族が混淆する都市である。だからグローバリズムないし混血性がアメリカ音楽の魅力の一因なのだとしたらヨーロッパ音楽もエンジョイできるはずだと思っていた。でも現実には違った。この事実に対する明解な回答はまだ自分では持ち得ていないのだけれど、なんだろね、混血のエレメントが違う、って話でもないような気がする。アメリカ黒人音楽のローカル性、特殊性というのを今年は考えていきたいと思っている。