3/14は米東海岸を襲った猛吹雪のため休講。それにしても不思議なのだが、アメリカの気象予報は的中率が高い。どうしても大雑把な国民性から予報も適当そうに思えるのだが、日本より確度が高い。なんでだろう。気象予報士の大雑把さを上回る大雑把な気象現象なのかな。いずれにせよ火曜日の休講、どの授業も楽しい日なのでかんべんして。水曜にして。

その水曜、朝一のスモールコンボは休講。なのだが、ちゃんとアナウンスされていたのにそれを忘れていて、雪でどしゃめしゃの道路をスリップしながらすっ飛ばして到着したら誰もいない、というパターン。悲しい。かったるいビジネスの宿題をやる。レジュメとカバーレター作り。日本でいう履歴書。死にたい。授業のほうは自分の名刺とロゴ作り。くだらないけど自己啓発的な要素はないのでまだマシだった。以下がそのクソみたいなビジネスの授業中に書き殴ったメモになります。


アメリカで誕生した自己啓発的なアレって、アングロサクソン的な精神性と強い関連性があるように感じている。ということはプロテスタンティズムが底流にあるということではないか。日本の就職活動やビジネスセミナーなどで顔を出してくる精神性も、もとはその輸入であるように思う(ノーエビデンス)。この精神性はもはや人種を超えて社会のプロトコルとなってアメリカを強く覆っている。アメリカン・ドリームと自己啓発セミナーとセラピーとカウンセリングと鬱病はひとつのライン上にある。

白人つってもいろいろだけど大雑把に白人は、まあそれやってりゃいいよ。アジア人は、それを片手で食べながら、もう片手で東洋思想やインド思想を飲んで中和させるような、妙な芸当ができる。けっこう器用だなーと思う。でも黒人は、言葉を奪われ、それはつまり思想を奪われ、手ぶらなところに闘いだけがあって、すごくしんどい。サクセスしている黒人はたぶん例外なくアングロサクソン的なプロトコルにアジャストした人で、そこにアメリカはあっても彼らの思想はない。

ルーツを求めてズールーネイションを起こしても実際のところは空虚だった。モハメドアリからQtipまで、思想を求めた黒人がムスリムに傾倒していくのは、社会的プロトコルに対する強烈な欠乏感があるせいだと思う。でも結局ムスリムも借り物なんだよね。しんどい。結局借り物の英語を自分たちのものとして再獲得して、そこから思想を立ち上げていくしか、もう残されていないように思う。スポークンワードとしてのヒップホップはそこに可能性があるし、その運動はまだ始まったばかりだ。