気が重いけど気合い入れてlogicクラス行く。逃げないで謝んないと。教室入るなりセドと目が合い「アウアー、とにかくごめん」「あー、エリンが期限延してくれたからもういいよ。隣座れよ」ってとこでシェイクハンド。「サーセン。授業後話せる?」「夕方はセッションが入ってるから晩でいいか?」「わかった、7時くらいに電話するわ」。これがまた地獄の1丁目とは知らず、とりあえずホッとして授業受けた。

ゴゴイチは英語のチュータリング、隣の席にこーたさんがいて、発音について習ってた。ねっしんだなあ。刺激受ける。ハーモニーはドミナントセブンの例外的な使用について。ポップス和声理論の泣き所とでも言うべき、解決しないタイプのセブンスコード。例によってオマーがビヨンセとかわかりやすい例をいっぱい集めてきてくれるので、こんな例外だらけじゃ理論としての体をなしてないのではという気にすらなってくる。当然ながら例外のない理論なんてないわけで、説明できない部分があるから面白いわけだけど。

さて仮眠とったらセドと打ち合わせだ。学校に行って着いたってメールしたら電話がかかってきて、「会わないと無理?忙しくなっちゃったんだけど」マジかよ。もともと彼の英語はものすごく聞き取りづらくて、電話なのでそれが50倍くらい何言ってるかわかんないので電話いやなんだけどな…。「おれが送ったトラック、あれで大丈夫だった?」「いやあれじゃ歌えない。要素が多すぎるし全部がトゥーマッチビジーだ。もっとR&Bみたいにして」「おれあれR&Bのつもりで書いたんだけどw なんかリファレンスもらえない?」「Tank。Fuckin with me」(まじか…そこまでワルめが好きか)「わかった、参考にしてみるわ」。もう怒らせられないので家帰って速攻やる。送る。

「いま送ったトラックどう?」「だーかーらー、ハーモニーがトゥーマッチすぎる。これじゃヒップホップだよ。もっとR&Bにしてって言ったじゃん」「え、どういうこと? R&Bのほうがヒップホップよりハーモニー的な音楽でしょ?」「違う、R&Bはもっとスカスカでドラムとベースだけでできてるもんなんだ。だからその上で自由に歌える。こんなにコードが付いてたら歌えないだろ」自分のなかの常識と逆なこと言われてしまい、俺氏大混乱。ヒップホップのトラックとR&Bのトラックでは、ヒップホップのほうが和声が豊か? そう捉えてんのかいまの黒人は!

でもまあそうか、コンテンポラリーR&Bにはボーカルとハイハットだけの曲とかあるもんな。にしても、固定観念を覆されて、おじさんショッキング。「わかった、やってみる」しかしまあこれが難しいのなんのって。なにしろ自分が得意なのは気の利いたコード進行だ。トラックメイカーみたいにキックとスネアだけで1曲もたせるなんて、そうそうできるもんじゃない。手の込んだフレンチが得意のシェフに説得力のある刺身が切れるかって、無理でしょ。それでもなんとかVerseとChorusだけ作って、送った。「どう?」

「…やっぱり動きすぎだし、要素多すぎ」「マジかー」「あのさあ、これ繰り返しててもラチが空かないわ。オリジナルは諦めてカバーにしよう」「しゃあないね…(お前気軽にボツ出すけどそれなりに労力かかってんぞ)」「もうあれでいこう、スタンドバイミー」「ちょっと待て適当すぎんだろ!投げやりか!」「いやマジで。オーティス・レディングのアレンジで」地獄かよ…。「ごめんスタンドバイミーは俺が無理。形にできる自信がない」「……じゃあアッシャーは?U remind me」「じゃあそれで」

クオリティは諦めて、とにかくU remind meのトラックをこさえて、送って、ボーカルトラックを送り返してもらう約束をして、倒れた。前向きに捉えると、この半日でおれlogicのオペレーションめちゃくちゃ速くなった気がする。さておき、ダラス出身のリアルな黒人であるセドリックの脳内は、黒人音楽大好きでーすみたいに30年やってきたおれだけど、正直ぜんぜん掴めないところが大きくて、たいへんに衝撃を受けている。スラングが多いのもあるけど、言ってることが半分もわからないときがある。なんつうか語学力以上に会話のプロトコルが違う感じ。

たとえば、「AとBとどっちにする?」って聞かれて「セドにとって都合のいいほうでいいよ」って答えると、明らかにイラっとするのがわかる。こっちは親切でそう言ってしまうわけだけど、たぶん向こうにしてみたら「どっちか聞いてんのにその答えは何なんだ」って思ってそう。あととにかく会話の展開が違うんだよなー。リズム主導で音楽が駆動されていく感じに近い。それに比べると、おれや多くの白人の会話は意味主導でドライブしていくので、やはりそれは和声が音楽を駆動していくクラシックに近いということなのだろう。

あと、日本で生まれ育つっていうのは、思っている以上に西欧白人文化の影響下で育つということなんだなあ、ということも思った。考えてみれば思考の土台からベタベタに西欧産の近代思想で積み上げられているのだった。それが普段の会話の端々にまで表出してしまうのだということに、意識的になったことがなかった。とにかく疲弊も収穫も大きな日だった。バタリ。あとで聞いたらオーティスレディングのスタンドバイミーは延々ワンリフで押し切るストロングスタイルで、セドが提示したのもなるほどなーと思った。