寝倒した。夕方、ハンちゃんが引っ越した部屋に寮を追い出されたシュンスケが入ることになって、それをみんなして襲撃。プエルトリコのジョセフ、ロンドンのチャーリー、あとコリアンとジャパニーズと入り混じって飲み会。おれは家の晩飯があるので早々に退席というところで、アクシデント発生、ルームメイトのETがトッポギをふるまおうとして炒めていたところ、なんらかの作用反作用でトッポギが首にヒットして火傷、病院送りにw。ハタチってなんだかんだ子供だよなーと思う。

そのハタチの春に自分が何をしていたかといえば、もちろん誰のことも馬鹿にできない程度に大馬鹿だった。大学には当然ほとんど行かず、立川の南口のギャンブル街でスナックのボーイのバイトを始めて、そこの客のひとり、仮にヤマちゃんとするが、彼の誘いに乗ってパチプロをやっていた。パチプロといってもパチンコは打たない。パチプロには上のほうからゴトシ、攻略屋、ジグマ、開店といったヒエラルキーがあるのだが、その最底辺にあるモーニング師というのをやっていた。

数年後には条例で禁止されてしまうのだが、当時はモーニングサービスというのがあって、朝10時に打ち始めると数台に1台はいきなり大当たりになっている。それを期待した阿呆が店に並び、開店時から稼働率が上がるというのが店の狙いだ。どの台が大当たりになっているかというと、深夜のうちに店員が打ち込み機という端末を使って台に設定するのだが、ヤマちゃんはその作業を、伸縮式のペン型ミラーを使って通風口やシャッターの隙間から覗く。覗ける店、場所、時間に、彼の死守するノウハウがあった。

そして朝、店の前にいちばん早く来るのが河合塾駿台の生徒である。勉強してこいと早くから家を追い出されるものの、自習室になんて行くわけがない。彼らを店の脇に集め、指示を出すのが俺のひとつめの仕事。「お前はフリッパーの右から2つ目、お前、ニューパルの左から3台目……」ヤマちゃんがメモした紙を見ながら、予備校生たちに台を指定する。「はい、行って。ゆっくり(当たりを)消化しろよ」。パチンコ屋が開き、客が着席して、10時、Tスクウェアが流れる。

当然ながら打ち子は全員大当たりを引くわけだが、その大当たりが終わるくらいを見計らって、店内に入る。ふたつ目の仕事は、メダル交換が始まる11時まで数十分の監視役だ。打ち子のなかには馬鹿がいて(まあ俺含め全員馬鹿なわけだが)、手元にあるメダルで普通に打ち続けてしまうのだ。パチスロなんて普通に打ったら勝てるわけがない。大当たりが終わったら台からメダルを全部吐き出させ、打たず、目立たず、時間を過ごしてもらわねばならない。

そして11時。メダルを計量、景品に交換して店を出、交換所でお金に換えるまで、バックレるやつがいないよう付き添う。最初の1000円分のメダルと1回の大当たりで、だいたい9000円といくらかになる。おれとヤマちゃんは情報料としてそこから5000円を取る。予備校生たちは黙って俺らの言うことを聞くだけで毎朝、必ず3000円とくだらないお菓子が手に入る。打ち子が6人なら3万、8人なら4万円のアガリ。そこから俺に1万円が支払われる。時給5000円、悪い話ではなかった。

なぜ俺が雇われたか。ヤマちゃんはチビで傴僂だった。たぶん過去に、打ち子から反逆をくらって痛い目にあったことがあるのだと思う。俺はヤマちゃんよりはいくぶん子供たちに睨みがきき、しかしヤマちゃんを脅かさない程度には貧弱だった。ちょうどよかったのだろう。スナックのバイトが5時に終わり、俺はいつもモスバーガーで本を読みながら朝を待った。この話でいちばん恥ずかしい部分なのだが、ドゥルーズフーコーエリアーデを読みながら、ちょっとサグいことに手を染めている自分がイケてると思っていたのである。

3ヶ月も経たずして、終わりは唐突にやってきた。いつもどおり打ち子に付き添っていると、普段フロアでは見かけないガタイのよい店員に肩を叩かれ「事務所、来て」とだけ言われた。指先で肩を触られたまま、ヤマちゃんと2人、バックヤードに連行されると、応接セットに店長なのか何なのか、オールバックの男性が座っていて、こちらを見た。よくある話だが1時間にも思える1分ほどの沈黙ののち、男性は諭すように「わかってんな?」とだけ言った。イエスもノーもないタイプの疑問文であった。

これもよくある話だが、恐怖の中で頭が高速回転して、だいたいの状況は読めた気はした。監視カメラや店員の報告で、いつも同じ顔ぶれがモーニングを取っているのが判明する。しかも打たないまとめ役っぽいのがいて何やら仕切っている(俺だ)。どう考えても不正行為をしているのだが、不正の正体まではつかめていない。また一方で脅迫されたと警察に駆け込まれるのもよろしくない。そのあたりが反映した結果が「わかってんな」だったのだろう。俺とヤマちゃんは泣き出しそうな声で「はい」とだけ言うのが精一杯だった。

店から出るとき、店員に「次、ないよ」と言われてやはり「はい」とだけ答えた。解放されたのちヤマちゃんは「ひょー、怖っえー。でも大丈夫、次の店もう見つけてあるんだわ」と強がりめいたことを言ったが、俺はもう2度とこんな思いはしたくなかったので、降りることを告げてその場で別れた。スナックは夏まで続けたが、たまに来るヤマちゃんはもう俺を誘うことはなかった。インターネットにつながる1年半ほど前の話。俺ほんと、ネットがなかったらと思うと、心底ゾッとする。