朝宿題をやってからイヤトレ4。この授業のゴールは、初見の譜面をいきなり歌えるようになることだ。それを獲得するために必ず段階を踏むように指導される。具体的には1.リズムなしでドレミの音名だけ読み上げる、2.タタタでリズムだけ取る、3.ドレミの音名を音程を付けずに歌う(ドライソルフェージュと呼ばれている)、4.音程付きで音名を歌う、の4ステップを踏む。習熟してくるとこれが一気にできるようになるとのこと。とてもじゃないが想像も付かないが、鍛錬あるのみ。

得意なはずのコード聞き取りも、テンションを載せられるとどうにもならない。周囲は難なくこなしているのだが、一方で突然、黙ってた女の子が「このソはなんでソなの?私にはシとしか思えないんだけど。みんなは理解して言ってるの?」とかものすごく基本的なことを蒸し返したりする。オーディションのときもそうだったが、とにかくみんな自分のことも他人のこともいいことしか言わないので謎が増える。テストどうだった?と聞くと「ぜんぜんバッチリだったよ」みたいなことを言うのにボロボロだったりする。一方でほんとにバッチリな子もいて、よくわかんない。

わかるのは、日本人みたいに(というか俺みたいに)弱音を表立って触れてまわる人は皆無ということだ。「テストどうだった?」と聞かれて「もう散々。ひどい目に遭ったよ。もうやだ、死にたい」とかって言うと、目を丸くされて心配される。まあ、いいことしか口にできないってのもある種の抑圧ではあるけど、とにかく国際的には弱音って人前で言うものじゃないみたい。もっと言うと、弱音吐いといて成績良かったりしたら、サイコパスかよみたいな目で見られる。もちろん女々しいとかも論外。マッチョ度のアベレージが日本の体育会系くらいにある感覚。

ロビーでレッスンを待ってるとベース科のハンちゃんと会って、やっぱりベースプレイヤー同士だと英語つたなくてもじゃんじゃん喋れる。そのケースどこの? 弦はどこの使ってる? 最近観たベース動画でよかったのは? しまいには生音でジャムに突入。ヴィクター・ウッテンがアレンジして世界中のベーシストのレパートリーとなったIsn't She lovelyを合わせてると、目の前を見覚えある顔が通った。嘘でしょ、ウッテン本人だった。握手してもらう。このあと13時からクリニックがあるのだが、俺はプライベートレッスンがバッティングしててすっかり諦めていたのだった。

さて、待ちに待った初めてのプライベートインストラクション。希望どおりにリンカン・ゴーインズ先生が指導教員になった。コルトレーンのE♭ブルースと、2管のためのメヌエットの譜面を渡されて、伴奏とメロを先生と交互にとりながらさらっていく。レベルチェックの意味合いもあったのだと思うが、けっこう細かいアーティキュレーションを指示されたり、リックをなぞらされたり、濃密な時間だった。こういうのやってみたかったのよ、って感じ。録音しとけばよかったな。次からやろう。

ゴーインズ先生にお礼を言って、もしかしたらまだやってるかも、と思ってヴィクターのクリニックやってる校舎までダッシュ。のぞいてみたらちょうど佳境だった。あともうひと組メンバーチェンジしよう、というので着いたばかりなのにヌルっとステージに上がったのだが、これがけっこうさんざんな目に遭うことになった。まずケースから出したばっかりだったのでチューニングし始めたら、ヘイ、ステージで楽音以外のノイズはいっさい出すな、っていきなりダメ出し。これは普段おれが言ってることだったので輪をかけて凹んだわ。

メンツはドラムピアノギターにベースがふたり。ベースクリニックで数を回すためなのでツインベースという変則構成なわけだが、ツインベースというのはお互いの役割分担やバランスがシビアで、そこが難所になる。そう思って、ジャムが始まってしばらくはもうひとりのベーシストとの割り振りに神経を集中させていた。したらウッテン先生が、君はどうしてベーシストしか見てないの? ギターやピアノのことをまるで無視してる。ジャムで最重要にしてはじめの一歩は全員のサウンドに耳を傾けることだろう? と、またダメ出し。さっきのチューニングと一緒で、そんなことわかってるよ!(でも出来てないのも事実)という指摘だったので、もうなんか、何やってももうぜんぜんダメな感じにはまってしまった。ズーン。

いいところなくクリニックは終わり、そういえばベイリー先生にキリ番の記念品をあげるから取りにおいで、と言われていたのを思い出したので、教授室へ赴く。好きな太さの弦をもっていきなさい、とおっしゃるので、ちょっと困ってしまった。弦楽器奏者にとって弦の銘柄というのはタバコやビールと同じくらい嗜好性の強いもので、自分がこれと決めたメーカー以外はそうそう受け付けないのだ。心苦しいのもあって、弦は要らないからマンツーでランチしてもらえませんか、と言ってみた。そしたら来週くらいに時間を作るから必ず行こう。と言ってくれて、あと帰り際に弦も持ってきなさい、ってバッグにねじ込まれたのだった。さっきのクリニックで落ち込んでいた気分も少しは取り戻せた気がする。なかなかに盛りだくさんの日だった。