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私の短い半生で得られた少ない教訓のひとつ、散々なことはまとめてやってくる、を実証したような大晦日だった。
朝、Macbookが起動しなくなる。正確にはフォトショで作業中にディスク容量がいっぱいですみたいなこと言い始めて、じゃあなんかファイル移したろとUSBメモリを挿して、そしたらフリーズしたのでrebootかけたら起動中に100パー落ちるようになってしまった。たぶん仮想記憶を放出できないまま完全にディスクフルになってカタログツリーかなんかが損傷したのだろう。
ほいじゃあと思ってPRAMクリアだめ、セーフブートなぜかしない、DiskFirstAidだめ、OS再インストールすら容量フルでこけるのだった。近所のジーニアスバーに駆け込んだが、忘れていたがここはボストンだった、何言ってんのかぜんぜんわかんねえ。過去最大にわかんねえ。ターゲットモードで必要ファイルだけ避難させてくれよって言ってもここじゃできないみたいなこと言ってる。詰んだか。
らちがあかないのでMacbookは放り出して新居の家具でも揃えましょう。どうもこのへんが文化なのだが、家具屋ではベッドフレームとカバー類しか売ってない。マットレス屋ではマットレスしか売ってない。寝具屋では寝具一式が揃うがマットレスもベッドフレームも売ってない。めんどうだがまずは近所の家具屋がセールだったのでベッドを買って、その家具屋の紹介でマットレス屋に行ってマットレス買う。
マットレス屋の店員が、どうにも気の良い、気の弱い、商売下手そうな、押しの弱そうな、損するタイプを絵に描いたような中年白人だった。キャッシュだったらさらに値引くというので、一度アパートに戻って現金を取ってくると、その店員の幼馴染みが、これから新年のパーティにでも繰り出すのだろう、迎えにきていて、我々とのやりとりを見て、「お前が、売れたの? 営業して? 現金で? これを? 売ったの? お前が?」ってめちゃくちゃおちょくっていて、あの親父の普段のヒエラルキーが想起されるのだった。
そんで部屋に戻って到着した荷物の整理など小一時間していたら、どうにも気分がすぐれませんよ。気づいたら悲しくないのに涙が止まりませんよ。続いて頭痛。さらに追い討ちをかけるようにアレルギーの発作。そしてここは新築マンション。ということはー?
イエー、これシックハウスなんじゃないの?そして外に出てみると症状はおさまるのだった。あー。日本で物件見てるときにちょっとは新築のリスクが脳裏を横切ったんだよ。ただ、1年契約で2ヶ月分無料という大サービスを前にむりやり打ち消したのだった。部屋に戻ってみると、やっぱりシンナー臭いし、シンナーつうかこれホルムなんとかなんじゃないのかな、わかんないけど、どうにもダメな気がしてくる。
ホテルへ戻る道すがらで、奥さんに、申し訳ないんだけど俺あの部屋だめかもしんない、というかダメだわ。ごめん、すげえめんどいことになると思うけど物件変えさせて。と話す。問題は契約書にすでにサインして、今日から契約期間が始まってしまっていること、30日前に宣言しないとその分の家賃は払わないといけない。そして1年以内に転居するときは2ヶ月のフリーレントぶんを補償しないといけないという特約の存在。うぬー。
ホテルに戻ってiPhoneを新居に忘れてきたことに気づく。取りに戻りたいが、もう体力がLow Batteryでどうにもならん。物件のリーシングマネジャーと不動産屋とにメールをしてみる。どちらにせよもう大晦日の晩だ。どうにもならん。明日は元旦で、正月休みのない米国といえどさすがに明日はどこも動いていない。深夜にはたと気づいてベッドとマットレスの配達にキャンセルを入れ、ホテルのフロントに延泊の連絡を入れ、表通りをたまに通るハッピーニューイヤーの酔っ払いの声を聞きながら寝た。100回くらい無意味に試したが、Macbookは起動しない。