ラグジュアリー誌の編集部を辞めて以来反動で続いていた、黒ずくめのスケーターないしハーコーっぽい格好が最近減ってきて、色の付いた服を着るようになり、ヒゲも剃って、髪もショートにし、自分で言うのも何ですが怖い成分がだいぶ減った見かけで暮らしております。なんか意図があってそうしたわけじゃなくて何となくそうなっちゃってるだけなんだけど。

そんで、そういう、普通っぽいっていうか、善良そうな格好をしてみて感じるのが、この東京という街の驚くほどのマナーの悪さです。すごいねほんとうに。ぶつかって舌打ちされる。なんか起きても謝らない。レジ待ちで割り込みとか普通にしてくるし。人の進路を妨げる。あと押しのけたり。なんなの。ゴッサムシティか。

何をいまさら、と言われるかもしれないのですが、いかつい格好をしていた期間、そんなこと皆無と言っていいくらいまったく縁がなかったんですよ。その落差がビビッドすぎてちょっと引くレベルです。列に割り込まれたりとか体験したことなかったし、肩が触れれば謝られるし、21世紀の東京はマナーいいなーくらいに勝手に思ってた。それってつまりは人を見てやってるってことじゃんね。笑うというか呆れてる。

たまたまこの日、下北沢のホームで擦れ違うおっさんと肩がぶつかりましてね、「あ失礼」って言ったらチッって舌打ちされたんで、(格好は変わっても中身は変わっていませんので)ちょっと胸ぐら引き寄せて「チッって何だオイ?」って言ったら突然土下座レベルで陳謝されて、傍目には脅してるみたいな恰好になってしまい、とても哀しい気分になったのです。気弱そうな小男になら何してもいいと思ってたのかなー。

そして私は薄々わかっているんですが、こざっぱりした恰好をした途端に突如、北斗の拳世界のようになってしまったこの世田谷の町は、それでもたぶんこの国土の中ではマナー的にだいぶ上澄みな土地で、右上のほうに行けばもっと野蛮なのだろうし、西のほうに行けばもっとタフなのだろうし、コンプトンやデトロイトヨハネスブルクに行けばもっともっとヒャッハーなのでしょう。もうどこでどんな服を着て暮らしていけばいいのかわからなくなってきた。

ただ心静かに暮らすことすら、富裕層にでもなって銀座だか飯倉だかのどっか空調の効いたなんとか倶楽部みたいな空間で過ごすようにならないと叶わないのだろうか。そんな世界ご免蒙りたいんだけど。たとえ金持ちになっても私は街場で暮らしたいし、できればビーサンで気持ちよく暮らしたい。