前々回の引っ越しの朝、手伝ってくれるみんなが集合したとき、まだ普通に暮らしていたらものすごーい顰蹙を買った覚えがあるので、今回こそは前日にやれるとこまでやったるのだ(前回は3ヶ月のあいだ居候させていただいた森さんちからだったので、そもそも荷解きしてなくて荷造りの手間がなかった)。しかし、自分としては極力モノを増やさないように心がけてきたつもりだけど、まったくもって手に負えない物量である。そりゃ貯め込むタイプの人(たとえばタグ)から見ればうちにあるモノの量なんて鼻クソみたいなもんだけど、詰めても詰めても終わりが見えない。今回、レコのみならずCDも本もけっこうな量を手放す覚悟で望んでいるのだけれど、それを差し引いても新居に入るか心許なくなってくる。

午後からはアオキが手伝いにやってきてくれる。この優しい優しいデザイナーのナイスガイは、今回最初から最後までほんとよくサポートしてくれた。別に俺に何の借りがあるわけでも特別なお礼が約束されてるわけでもないのだけれど。でも翌日クルマの中でちらとそんなこと話してたら、「ゲンさんはなにかとやらかしてくれるからつきあってて面白い」みたいなことを言っていたので、ああ俺のキャラ、立ち位置、そして価値は昔から変わらないなあ、と思う。要するにあれだ、昔、風雲たけし城でさー、踏み石のいくつかが浮き島になっていて、駆け抜けるとたいていドボーンと落っこちるのあったでしょう? あれを人生まるまる使ってやっているようなもんだ。みなさんはどうぞご笑覧くだされば幸いです。ちなみに今回の引っ越しは「過去最大のやらかし」だそうです(笑)。ひでえ。

夕方には石本が差し入れにキッシュ持ってきてくれた。そして一瞬で帰った(笑)。夜もとっぷり更けた頃、本、CD、レコード、そしてキッチン周りまでの梱包が終わり、今日はおひらきということに。アオキが去ったあと、ひとりで服を詰めるつもりでいたのだけれど、空になった棚と雑然と積み上げられたダンボールに囲まれてひとりぽつねんとしていると、妙な寂寞感にゴゴォォォォォと襲われはじめ、思わず手にした携帯を鳴らせど誰ひとり出やしねえので、仕方なくサヨナラ富ヶ谷のジャリ散歩をすることに。しかしそんなのも1時間ほどで周ってきてしまい、今度は山手ラーメンを食べに行く。思えば5年前、神山に越してきて最初に食べたのもこの雪ラーメンだったなあ、とか無駄な感慨にセンチメンタル・レイブ・オーン。

帰宅してベッドに横たわりながら痛感したけれど、まず、地方出身の人はみんな偉い。俺が実家を出て神山に越したとき、すでに渋谷の地理には普通に通じていたし、なにより近所にタバタもササマもノイとかもろもろもいて、要するに付属校生にとっての大学の入学式みたいなもんだった。でも、今回は違う。本屋ひとつから探さなくちゃならないし、知り合いもひとりもいない土地だ(ひと駅先にトビオがいるけど)。たとえばちょっと荷運びにクルマが欲しいなあ、ってとき、レンタカーを借りるしか手だてがない。話し相手が欲しくても戸を叩けるバーなんてない(そもそも酒を飲まなくなってしまったし)。そんな押しつぶされそうなアローンっぷりを、地方出身の人はみんな普通にこなしてきたんだろうな、とか思ったのでまず恐れ入った。

それから、三十路ひとりもんの引っ越しは、何だかんだで堪えるものがある。正確には来月30ですけど、俺。さておき、俺はすげえラッキーで、椎名やアオキ、それにタバタやゴセッキみたく手伝ってくれる友達がいて、彼らには労働力そのものよりむしろ賑やかしとしてものすごーーく気が救われてると思うんだけど、これが引っ越し屋とか頼んじゃって、独りきりで支度してたりするシーンを思い浮かべてみると、それはもう想像を絶した寂寞っぷりだろうな、と想像する。だって、引っ越しって、自分の現状が洗いざらい白昼の下に晒されるイベントでしょう? それこそパッキングする荷のひとつひとつに人格が投影されざるをえないし、大げさに言えば人生の選択ごとのいちいちまでが明確に押し寄せてきて、要するに普段より鮮明で倍率の高い姿見で自分の姿態を、ずいぶん長い間まばたきなしで直視させられるイベントなわけだ。

そりゃさー、これからふたり暮らしウフ☆とかマンション買っちゃいましたー!とか、浮ついたムード圧勝な状況ならそれに誤摩化されていればいいけど。いやでもやっぱり、それですら誤摩化しきれない押し寄せてくるサムシングというのもあって、そいつらを運送屋が来るまでに飼い馴らすのはやっぱりちょっと無理そうだ。端的に言えば凹むべ。なぜなら、これまで自らの制御下においてなされた幾千万のアミダチョイスによって、鏡に映った我々MISOJIの姿はすでにじゅうぶんすぎるほどにひずみ、たわみ、ゆがんでしまっているからだ。たとえ美しかろうが醜かろうが、この経年変形を否応なく受け入れさせられる引っ越しの前夜というのは、やっぱしんどい。世に言う負け犬女さんたちは、これに耐えてマンション買ったり高層階に越したりしてるのだから、ほんとにごくろうさまでした、と言いたいよ。