歌謡ハウスについて、無思慮につらっと書いてから、困難さを身に染みて感じた。ダメだねこの企画は。やめます。ごめん。たとえば瀧ちゃん(ブラビのTimingを挙げた)や寺本さん(同じくスマップのアイデアを)と僕の間で歌謡ハウスって言えば難なく響くけど、それは同じ閉じたドメインでの共通幻想でしかなかったと反省している。一歩世間の風に吹かれて、それって何なのよ、と言われたら、それがイエスなのかノーなのかという根拠のあやふやさを痛感させられるだけだ。具体的に言えば、もしくはサニーデイの魔法は、CymbalsのWingspanは、と言われると、これは残念ながらノーなんだよ。とても抽象的なことを言って馬鹿をさらけ出すけど、どれもまがい物感とそれにともなうキラメキがない。どちらもナイスな歌ものハウスだけど、歌謡ハウスじゃないと思うんだ。(「宇多田のトラベリンはどうなのよ。歌謡曲で四つ打ちじゃん」、という声もあったが、これもノーだ。スムースすぎるし、なにより僕は四つ打ちならすべてハウス、という汎ハウス主義の立場を採らない。)

気づいて自分でも驚いたけど、歌謡ハウスっていうのは意外とビザールなジャンルなようだ。なにしろ大まかに言えば、歌謡がメロディ・オリエンテッドかつコーダルなのに対して、ハウスはモーダルで、そしてトラック・オリエンテッドな音楽だ。そのコンビネーションなんて、アクロバティックな存在になるのも当然。その無謀さが、まがい物感と、それに常に付随するむちゃくちゃなキラメキを生むんだと僕は思ってる。そんでそういう錬金術の使い手っていうのは思ってたよりずっと少ないみたいで、どうやら小森田実河野伸寺田創一を筆頭選手に、両手の数ぐらいしかいないんじゃないかな。ちなみに瀧ちゃんから片瀬那奈「A・I・O」というリコメンがあったのだけれど、これはねー、カツヤが「ミラーボール」という曲を売っ払ったもので、ベースのサンプルは、その、俺が弾いてるんだ。身内だからコメントできんわ。

そもそもだいいち、歌謡とは何か。そしてハウスとは何か。なんて、ともに僕なんかの手に負えるわけもない神学的な(つまりバカバカしくて何の役にも立たず、作品そのものの魅力やそれを享受することにはまったく関係がなく、しかし当事者にとっては万死に値するような・笑)問題で、しかもそのクロスラインを提示しろっていうんだから、これはよほどの無配慮を強要することになっちゃうよね。失礼しました。ちなみにコンピCD-Rはもう焼いちゃって、結局カーネーションのEDO RIVERからはじまる(江戸川渡るくらいに掛けるから)、節操ないただのお気に入りCDになっちまいましたとさ。どっとはらい

今日のgoogle平山蘆江島田奈美・ラリーレヴァン、ウナセラディ