何はともあれこの素晴らしいムードをお楽しみください。

朝からおかしな日だった。目覚めて、9時で、変な夢を見ていたのだがもちろんいつもどおり変な夢を見ていた、ということしか覚えていなくて、テレビは昨晩から消音にして点けっぱなしのままで、ブラインドを開けたら狂おしい気持ちが突然胸から喉を通ってこめかみに上がってきて頭蓋を支配し、しゃがみこんで泣き出しそう、とかそういうんじゃなくて妙に力が満ちていて、具体的に言えばそこらのソファとか机とかどりゃあとひっくり返して回ってしまいそうで、これはもうどうにもならんな、と諦めをつけていそいそと着替え、ジャリを置いて渋谷に出た。

こういうときいちばん必要なのは間違いなくお金だ、と僕は経験上識っているので、まずは銀行に行ってなけなしの残高から降ろせるだけ降ろし、とりあえずまずいことが起きたらタクシーに駆け込めばいい、タクシーの中だけは安全なんだから、と言い聞かせたところで、さて、と思って空を見上げた。まだ午前で開いている店も少ない。公会堂とこから岸体育館、そして電力館(きのう電気料金を払いに寄ったついでに、電力館の1階にしつらえられたインスタント写真ボックスみたいなところで足裏マッサージを受けた。歯のひとつひとつが大きく福々しい表情の、なかなか愛らしいお嬢さんが、パイプ椅子に腰掛けながら文庫本なんか読んでるものだから、思わず入ってしまったのだ。)と流し、サファリパークのほうへ向かう。

しかしセンター街も閑散としたもので、目当ての店があるのかないのか、あてどもなく宇都宮から早すぎる電車に乗ってやってきちゃったような、要するに今日の僕のお仲間みたいなギャル連がちらほらいるくらいで、まさか朝マックでホットケーキをプラスティックのナイフで切り分けるような気にもなれず、かといってマルハンタワーでスロットでも打てば狂おしさがオーバードライブされることは試してみるまでもなくて、道玄坂小径の福田屋が開いていれば鶏わさでもつまめるのだが、と思いついてエロ小径を分け入るも当の店は準備中でとぼとぼと引き返してくるところで小さな餃子屋が目に付いた。こないだ日高さんが紹介していたテムジン餃子だ。聞けばあと5分10分で開けるというので、とりあえずこれをつまんで溜飲を下げることにしよう。その前に、餃子→にんにく→カゼ、という連想が働いたのか、かぜ薬を飲んでおこうと思い立ち、近くの薬局へ。

「どうされました?」カゼ引いちゃったんだけど。「ああじゃあ、もう、これ。私たちもマズいな、って思ったらこれ飲んでるんですよ。あと冷やさないで、そうすればすぐ」へえ、私たち(笑)。じゃそれもらうよ。いくら?「ふふーん、1500円(ふふーん、は、一回分にしてはそりゃお高く感じるかもしれないけど効くのよ、すごく。という喉からのさえずりで、そう言った瞬間に薬液の入った小瓶の蓋をカリッ、と開けた。商人。)こうしてお湯で。」ちいさな紙コップに薬液のお湯割りを手渡され、カプセルがふたつ。ねえこれ、まずい?「んーまずいって言う人もいるけど私たちの中にはおいしいって言う人もいて、どう?」どうしよう、うまい。甘草が凄いね、これ。そう言ったものの味なんか大して重要じゃなくて、僕は紙コップの内側をコーティングしてある蝋というかパラフィンの光沢に見入ってしまっていて、うまい、というタイミングがそれまでのテンポの良さとだいぶん外れ、薬剤師は一瞬怪訝そうな顔で僕を見た。味も正直なところわからなくて、パラフィンの光沢だけが味覚も満たしていた。

へんな漢方薬の後味を口蓋いっぱいに含んでふたたびエロ小径を入ると、さっきの店主が、ああ、さきほどの。お待たせして申し訳ありません。と言った。餃子、二人前。いやー、この餃子はですね、福岡では、もうそれはそれは親しまれておりまして。お一人様ですと一人前をお頼みになられる方が多ございますが、ですが実のところ、お客様がおっしゃったようにやはりちょっと二人前、三人前でもちょうどと申しますか。いやこの店は小さいですが専務と。そのあと延々と彼は沈黙を恐れてセールストークを、壊れたロボットのように慣れない関東弁の敬語で続け、それは餃子が焼ける間だけのはずだったのだが、何らかの弾みがついてしまって僕が食べ、そして会計するまで続いた。甘草の後味が2割、残りはその意味のない止まれない口上のおかげでまったく味はわからないまま勘定を払って逃げるように店を出た。

通りを渡るとブックファーストで、なんとはなしに入ったフロアで、僕はすべての棚を見て回った。そして理解した。してしまった。ここには必要なものが何ひとつない! 一瞬ほんとにそんなわけはなかろうと思ってバイク雑誌からサーフィン雑誌から洋雑誌からラジオライフまで見直したのだが、やっぱりほんとに用のあるものはひとつもなかった。速攻リサーチ2003秋スタイル。ペットと暮らすデザイン生活。アンティーク着物にひと工夫。誰も知らない誘惑のミラノ。竹中ショックの後遺症。サーファーズ・ブランドinオータム。エトセトラ、エトセトラ。どうしよう。俺はとんでもないことに時間を割いてきたのかもしれない。わはははは。笑いが込み上げてくる。ここまで本格的に無用だと、破壊的な愉快さが着いてくるのだ。凄い。雑誌売り場は現代の奇跡と言ってもいい。これほど用のない、用をなさないものだけが並んでいるなんて、一種のユートピアじゃないか。そんで僕はユートピアなんて。

あまりに馬鹿馬鹿しくなって朝からのセンチメント爆発すらも馬鹿馬鹿しさの爆風で吹っ飛び、家に帰って雑誌の原稿を(笑)書いたよ8ページ。今日は進んだなあ。そんで寝た。宇宙ステーションの住人みたいに上下感覚を失いながら寝た。寝るしかなかった。