一応こうして日記を再開してみたものの、だからといって体調が完全に復活した、というわけではなく、ただ気力は湧いてきているので外出は通常どおりしてみるものの、週に1、2日は疲れが出て寝込んでしまう、というのが実際のところである。まあでも考えてみたら週休2日ってのはそんなもんなのかもしれなくて、どうしても、たとえば一度起きたら気絶するまで起きていたい(その逆もそうで目が覚めるまで寝ていたい派だ。物心付いて以来目覚ましというのを所有したことがない。おかげで金額にして数億ガバスの損失を呼んでいる)、動き出したら止まるまで動いていたい、という性質が発動してしまうので、結果として身体が先に止まってしまうのだ。そんで今日がそういう日だった。

目覚めて、やったことといえば、ジャリに餌をやって、そしてふたたびベッドに潜り込んだことくらい。一日着替えなかったので肌着が臭い。臭いと書くのは簡単だがこれは僕にとって革命的なことで、20代も後半にしてようやく体臭をまとえるようになったのだから大人になったものだ、と感じる。そのうち加齢臭も加わって、凄いことになるのだろう。髪にはとうとう白髪が混じりはじめた。一方で体力はいまだに増進しつづけていて、僕は速く走れる子供じゃなかったので、8歳よりは10歳、10歳よりは15歳、15歳よりは18、18よりは22、22よりは25、25よりは29の今のほうが力持ちだし長く走れるし、そして驚くべきことに速く走れているのだ。心肺は少し落ちてるのだけれど。このままのペースで行くと、周囲のみんながめっきり衰えた40過ぎには、同窓会やったらリレー選手に選ばれちゃうんじゃないかしら。そうやって30年かけて復讐を果たそうというのか俺の肉体は(呪いじゃー・笑)。

サーフィンを始めて1年、というのは同時に、僕の21世紀が始まって1年、ということでもある。サーフィンが僕の21世紀だった、って話じゃないよ。ただ、最初にサーフィンに連れてってもらった日は、ほんとにあまりにメモリアルな出来事が重なった日で、以前と以降では自分のなかの何かが決定的に違ってしまった気がする。朝、海に行ってこてんぱんに波に巻かれて酷い目に遭って、それが洗礼として機能したんだろう。東京に戻ってきてから神宮球場のダイナマイ!って格闘技大会に行ったんだ。そこで僕は現代ショウビズの極みみたいな(なにせK-1主催だ)演出、ってやつと、スタジアム、という現代的な規模の現実を目の当たりにして、もうやりきれないキモチでいっぱいになってしまって、そういった一切に自分は与しないこと、関わると何か大切なものを失ってしまうということをはっきりと認識したんだった。

そんでそのあと流れたおしゃれキャッフェーで、業界人みたいな人たちが挨拶したり社交したりしてる輪に自分がいて、正直に言ってしまえば、そういう有名人が自分のテーブルにいる、とか自分の仕事をひさしぶりに会った人に褒められる、とかそういったギョーカイっぽいシーンに身を置くことは嫌いじゃなかったというかむしろ誇らしげに思っていた時期もあったわけだけど、そのときもう決定的にどうでもよくなってしまって、なんてアホなことにエネルギーを使ってきたんだろう、と思いながら帰った。ほんと、いやみんな俺のことバカにすべきだと心から思うけど、クラブに、カフェに、もしくはオープニングなんかに行くとさ、そうすると店員から主催者からみんな知り合いでさ、親しげに握手とか交わしたりして、紹介して、紹介されて、壁際とかに追いやられたりすることなく我が物顔でトークの輪に加わっている、みたいのやってみたかったんだよ。そんで実際やってたし、そのためになんか方々顔出したり作り笑顔したり大げさに驚いてみせたり陽気に振る舞ったり雑誌に記事書いたりイベントやったりしてたの。はははははほんとに! 驚いたよ自分に。

そんでそれをもうどうしようもないくらい認めることにして、だからといってそうしてきた僕が完全に空っぽかっていうとそんなこともないわけで、なぜかっていうと動機はなんにせよ行動したことにはなにがしかの実なりカスなりが残るんだから、だからそう悲観することもないんじゃないかな、そんな資産もあることを確認しつつ、これからはもう行動の原理を自分中心に修正していけば21世紀が始まるんじゃないかな、とかそんなことを思いながら原付で家に帰ったんだった。そんで家に帰ってからなんでこんなことになっちゃったのかな、と思ったら、そうか自分は極端なまでにさびしい、が怖かったんだ、ってことに気づいて、そんでそれに気づいた瞬間から不思議なほどさびしい、は敵じゃなく一緒に暮らしていける同居人になった。夜中むりやり誰かを呼び出すこともなくなったし、ひとりになるのがイヤで行きたくもない場所に付き合ったりすることもなくなった(小学生の下校話みたいだ。あの、グループで帰るとき、みんなに付き合って遠回りしてしまう心象)。

はあ、これが三十路近くの男の独白か、と書いていて呆れてきたけど、けれどいまではもう、こうして書いてしまうことができる。振り返ったらどれもあまりに幼稚で単純なことばかりだ。でもそんなとこから僕は始めなければならなかった。そうして半年ちょっとが過ぎたところで、僕は20代になってもっとも手痛く、長期間に渡って体調を崩してしまったのだが、それもまたこのある種のスタートと密接に関連しているのではないかと思っていて、要するに精神的な変化に対応して崩すべくして崩したんだとわかっている。そう考えると、この病が治癒するには、僕にはあとひとつふたつ飛びきらないとならないハードルがあることも自ずとわかってくるのだが、それを越えられるかどうかはまだわからない。でも飛ぶのだ。それだけは間違いない。