DJのブッキングを寝てすっ飛ばしたトホホの1日から、ビデオデイズ、そして狂騒のワーキンワーキンと続いた2月も今日で終わる。俺が自分は運がいいと思えるのは、この2月が他の月より短くできていて、要するに酷い月を3日分さっさと終わらせることができたりするときだろう。しかし、酷い月ほど、面白い月もない。これは90年代的な価値観に対する、俺なりの回答である。90年代が始まった93年の後半から、ずっと感じてきたやるかたない憤懣に、俺はこの2月で蹴りを入れた。もとい、ケリを付けた。

その全容をここで話すのは難しいが、かいつまんで、普段俺と話したことのない人には何ゆってんのかさっぱりわかんないだろうけど、敢えて言おう。90年代とはマナーが重んじられた時代だった。そして俺らはマナー破りをしなくなった。おかげで恥をかかずに済んだ。その状態を、偽達観という。しかし、俺はもうそんなのうんざりだ。酷い目に遭うのを恐れて現状を肯定するなんてもうやめだ。もうどんどん酷い目に、恥ずかしい目に、ネガティブな目に遭っていきたい。そして、毎晩うっわーとかどひゃーとか嫌な気分になってもいい。ダイナミクスを維持していきたい。それが、俺なりの、21世紀だ。投企は失敗がつきまとうから投企であり、そうでなければただの貯金だ。跳躍せよ。

さてわけわかんねえことを書いてすっきりしたところで、今日はとにかく寝た。フランスからポスターが届いた。呼び出されて三茶に行き、レースクイーンのリップはローズピンク。渋谷に移って酷いことを言い散らし、さらに神山で一杯引っかけて、もうへべれけで帰ってきたところだ。ここ2週間でめっぽう酒に弱くなった。頭がほどけたところで、モーニングを読む。プラネテス。いいぞ、もっとやれ。プラネテスには何度も打ちのめされてる。あれを掲載誌で読めることを幸せに思う。リアルタイムなんて、げろとうんこに包まれた、酷いもんでしかない。嘔吐感を堪え涙するプラネテスには、確かな同時代性が宿っていた。暴力的な衝動がとめどなく湧き上がってくる。マニアックにでも行って踊り狂ってやろうか、とも思うが、そんなことはしない。衝動は大事に扱わなくてはいけない。散らしたりしてはいけない。抱え込んで、あるときブバっと迸るのだ。

追加。うちにこのおしゃれライター(青)置いて帰ったの誰ですか? 除霊のつもりか?