うちの建物には毎朝共用部分を掃除してくれるおばちゃんがいて、そんで隣のマンションには住み込みの管理人を40年近くやっているババアがいる。同じポスト更年期女性なのになぜ呼称が異なるかといえばひとえに本人たちのキャラによるものなのだが、そのキャラ違いのせいもあってふたりは割と仲がいい。朝っぱらからお互い掃除の手を止めて世間話しているのをよく見かける。うちのおばちゃんのほうはあまりプライベートには立ち入らないスタンスなのだが、隣のババアのほうはお構いなしで、いつもこないだはどこ行っただのあの女は誰だだのバイクは危ねえだの犬が小さいだのネギが高いだのと容赦なく、今朝もタバタの車にボードを積み込んでいるところで案の定捕まった。この寒いのに、バカだねえ。しかし俺はそれに続く言葉を聞きたかった。何週間前だか、都内は無風で気象庁も荒れない予報を出していたのに、きょう海は風強くてダーメだ、と言い放ち、しかして湘南は突風に見舞われ海面がぐしゃぐしゃでコテンパンな目に遭ったからだ。40年住み込めば、エントランスのケヤキの葉一枚が散るさまを見て世界のことくらい把握しちゃう、蒼天航路の登場人物みたいなことになっちゃってるのかもしれない。わけがない。

なぜなら予想など一切立てるまでもなく、死にそうにクソ寒いからだね(笑)。行くときから氷雨だよ氷雨。今日はタバタの会社の先輩で15年もやってる人と合流することになっており、彼の指定で作田へ向かう。一度片貝でちらっと海を見に降りたとき、例によってもう俺はイヤな気分になっていて、ガクガクブルブル、待ち合わせまでの時間で俺はグローブ、タバタはブーツを買うことにする。結局これが大正解となるんだけど。それにしてもこの千葉北エリアというのは、いつ来てもたいてい空は鈍色で、人気がなくて、建物もまばらで、たまに工事用のクレーンとかが置き去りにされていて、完全なディストピア感を放ちまくっている。サーファーの総数は湘南にまったくひけを取らないものの、産業としてサーフィンを迎える諸演出やアメニティは一切存在せず、ただただ荒涼とした砂浜が続く。ゴミも多く、温水シャワーなど期待すべくもないが、おかげで駐車場はどこも無料だ。

中でも今日はじめて行った作田というポイントは、ギャング映画で取引toスーサイドでも起きそうな飛び抜けたハードコアっぷりで、もはやもの寂しい、なんて言葉でくくれるレベルを優に超えてしまっている。すすきの原を分け入ると、水はけの悪い駐車場には車もまばら。遠くにうっちゃられたままの護岸工事が見えるくらいで、ランドマークというランドマークも存在しない。吹きっさらしの雨の中、そんなとこでウェットスーツに着替えていると、これは何なんだろう、単純なマゾヒズムなのか、ザ・ガマンなのか、消滅願望なのか、よくわからなくなってくる。ベーリング海峡を渡ったモンゴロイドは偉かったねえ、とか適当な軽口を飛ばしながら身支度を整え、人気のない海へ。それでもアウトへ出ると4、5人ぽつりぽつりと入っているのだから驚く。途中、雨粒が痛いと思ったらみぞれ混じりになってきた。

1時間ほど入って岸さんとおっしゃるタバタの先輩と合流し、彼のホームポイントへ移動。片貝漁港寄りのそのポイントには、僕らと岸さんの後輩らしき人たちもあわせ、10人くらい入っている。湘南ならチョッピーと書かれそうなタフコンディションなのだが、千葉北ではこんなの普通みたい。要するにあれだ、東京ではちょっとの雪でも大雪警報が出てしまうようなもので、湘南とは立っている地平が違う。それにしても空いている海は気が楽でいい。そのおかげか、いろいろ試行錯誤していたらパドリングのコツがまた少し掴め、いつもより長い時間入っていることができた。もう無理。あと土左衛門。というところまで粘って上がると、それまで気にしてられなかった北風に吹き付けられ、幾度となく強いめまいに襲われる(もやしっ子ですから・笑)。駐車場までの距離がなんと遠く感じられることよ。もう手に力が残っていなくて、ウェットが脱げない。20分近くヒーコラ言いながら悪戦苦闘して、滑り込んだ車内の暖房に全身を預ける。何かが確実におかしくなりつつある。<17回目>作田、北サイド、腰、トロ厚、1時間半+3時間。

さて、波待ちしているときに唐突に思い出したことがある。今年で28になる俺だけど、ちょうど半分の歳、14歳のクリスマスイブに、俺はそこから500メートルくらい北の浜辺にいたんだ。お笑い草だな。えーとね、その前日に好きだった子に告白してフラれたのよ。たはー。そんで、うわーこりゃもう海だ! 冬の海行くしかねえ! と思って万札握って、湘南だとカップルいるだろ、とか思ったんだろうな、行きましたよ九十九里へ。ほんとひどい思い出だなあ。今日見たのと寸分違わない寂寞とした冬の浜でさー、まったく今日と同じような雨が降っていて。人っ子ひとりいなくて、パジェロか何かが浜を爆走しているだけだった。あの日、あの最高にしみったれた気分でとぼとぼ歩いた浜の沖にも、ラバーに身を包んだサーファーがヒーコラゆってたはずだ。そんなこと想像だにしなかった。スパイラル1周上がった気分。長生きはするもんだと思う。