世間ではオンタイムがスタートする朝の9時、各方面からの電話さんいらっしゃい(パジャマで)。1本取って適当な返答、もちろん覚えちゃいやしない。もう1本取っていくらかましな返答、誰からかかってきたのか、くらいは覚えてる。3本目にしてようやく会話らしい会話になる。やべえ寝過ぎた。間欠的だと総睡眠量が増えるよね。でも前みたいに不愉快な気分になったり暴言を吐いたり(午前中に掛けてくるとは何事だ、みたいな)はしないのでぜんぜんオッケー。でもふと気づくと外は雨降りで、今日は割と移動が多いため前日に行動表を書き付けておいたのだけれど、原付での移動を前提に考えていたためもう一度練り直さなければならないことに気付く。

しかし振り向けば時計はとうに、もうそんなこと言ってられない時間になっていて、上り坂と告げる天気予報と少々小降りになってきた雨模様を見比べて、ええいままよ、と雨具も付けずに原付で出てしまう。20秒ほど走ったところで「バカなことしたなあ」とは思うのだけれど、もう引き返してもいらんないし、少々のズブ濡れは諦めて、せめて手袋とサングラスだけ途中で買うことにする。目が開けていられないのと、手がかじかんで操作が遅れるのは死に直結するので。いつもだと手袋ひとつ買うのにも数日は悩むところのなのだけれど、ほぼ生まれて初めて、という感じで、用が足りりゃいっか、という姿勢でそこらの雑貨屋で買い求める。もちろんデザインも機能も納得いきゃしないのだが、両方で2000エンなんだから文句も言うまい。こういう、求められたその場でサクッと買っちゃうのもそれはそれで何となく爽快感があるもんだ(しかし手袋は帰りにもう破けた。いわんこっちゃない・笑)。

今日の強行されるであろう予定はこうだ。まずは近所のペットサロンにジャリを預けて、5番町のショールームへ。見本機を借りて、雨だからゴミ袋で厳重に包んで(しかも貸し主には精密機器を雨の中原付で運ぶ、なんて凶行を悟られないように)芝浦のスタジオへ。そこで梱包を解いたり撮影の準備をして、5時半にタクで田町、6時に渋谷、でジャリ引き上げて、6時半に神宮前でリース、予約しておいた赤帽に同乗して芝浦へ戻り、原付で帰宅。結局、完璧にこの予定どおり1日は推移していったのだが、予定と違うのはずぶ濡れで芯まで冷え切った身体を引きずって動いたことだ。芝浦を出るあたりで、案の定めまいがしてきた。

これだけ移動すると何らかの目を引くできごとは嫌でもつきまとうもので、四谷駅前の交差点で信号待ちしていたら、僕と同じく濡れねずみで横に並んだバイク便のおっさんに「そのバイク、売ったりする気ないですかー?」なんて大声で聞かれたり、国会議事堂の前を過ぎるときには、社会科見学でわらわら並んでいる子供たちの横に、一人で手ぶらで観光でももちろん所用でもなさそうなのに門のところに立ちすくんで議事堂を見上げている若い男の子(なんかゆず、とかジューク、とかそういうイメージの)がいて、僕も昔なんとなしに議事堂を、正確には最高裁とか含めた霞ヶ関一帯を10年遅れの社会科見学気分で見て回ったことがあったなあ、とか思い出したり、まあ書いていくとキリがないけれど、原付で東京を移動することはそれだけでレジャーとして成立しうるくらい世間に触れる快楽に満ち溢れている。

こわばった僧帽筋と誰に向けるでもない人恋しさ、という冬の通奏低音みたいな感触を全身に味あわせてくれた雨も上がり、日付が変わる頃に芝浦を出て、札の辻、古川橋、天現寺、と大味なルートで(三田〜二の橋〜仙台坂〜西麻布ルートのほうがよりメロウだ)恵比寿へ向かう。江口くんの新しい店、ユトレヒトのオープニングパーティだ。7時から始まっていたお祝いムードはとうに疲弊していて(笑)、ほんの少しの身内だけしかいなかった。武田さんに出産後はじめて会ったが、なんというか、さすがの(アンナなんか目じゃない)社会復帰っぷり。大きな会社に勤めているからまだ当分産休があるみたいだけどね。大河原さんが酔いつぶれていて、あとこないだひなぎくでお会いしたイラストレーターの女の子と、電話をくれたカミネット阿部と、タッグを組む岡部さん、そんな顔ぶれ。

女の子にとって、パーティの場に、どこのなにを買って差し出すかは、たぶん彼氏のクリスマスプレゼントを選ぶ、なんてことよりよっぽどシリアスな議題だと思うけど、そんな乙女たちが命懸けで選んできたであろうおみやげの残りをみんなして一気にやっつけ(このブラウニーいけるわねむしゃむしゃむしゃアラこのチョコ素敵な絵が描いてあるキャーもぐもぐもぐ)、ごみをまとめたところで、あとは開店の感動にでも浸ってもらおうかと僕ら客人は退散。それにしても、正直こないだ改装中の店内を見たときはおいおいこいつらほんとに大丈夫かよ、と思ったけど、ふたを開けてみたらこれは、なかなか、なんて適当な言葉は付けられないくらい良い店づくりになっていて、アイデアをちゃんとそれぞれの棚に示せている明晰さといい、一方で適度に間の抜けた調度やガジェットの数々といい、うーん、江口君やるなあ。あれなら意地の悪い人たちでもムギュッと黙っちゃうよ。やっぱ子供が産まれたりすると、いやいや、あれは彼の人知れぬ努力と勤勉さのたまものでしょう、ということにしておきましょう。しかしほんとうに心から賞賛したい。

引き上げた足でNONに寄ると、口から出る言葉すべてがNGワード、というすごい女がいて、他の客全員が閉口しているところに出くわす。しまいにゃとうとう、いわゆる京都人的な対人処方でつとに名高いあの荒木君が「ごめんなさい、もうお店閉店になりますんで」と言って閉め出すまでに。うわー。その後つらっと飲んだのだが、ひさびさの酒は素早く脳髄を麻痺させやがって、たった1杯でまたもや酔いどれに。まあ思い返してみりゃもともと弱かったのに、妙に強くなった気になって毎晩5杯も10杯も飲んでいたここ数年のほうが異常といえば異常だったわけで、肝臓のポテンシャル的にはこんなもんだよな、なんて思いながら足は古今へ。永瀬友人の女の子としゃべっているうちに大学の同期ということが判明し、業種というか仕事のテリトリーも近接していたりして、朝の5時までダベってしまう。なんかいい感じの子だったな。一緒に来ていたその子の妹を交えて3人で絵しりとりとかしているうちに、はたと気づくともう朝焼け。あの氷雨を降らせた低気圧が通過したあとだから、ナイスなうねりが入っているはずだ。永瀬君に留守番を頼んで慌ただしくウェットをバッグに詰め込み、始発で海へ向かう。うわまた寝てねえよ。