仕事の合間を縫って、稲田堤まで歯医者に行った。なんで懐かしい南武線にまた乗ったのかというと、ここが他に類をみない集中治療で有名な歯科医だからだ。同じペースで歯磨きをしている同居人がたまげたほど僕の歯は脆く、もはや永久歯の大半が大なり小なり虫歯、というひどい状況にある。それだけに、一度歯医者に通い始めるといつ終わるとも知れぬ礼拝の道に入ってしまい、たいていは3カ月ほどで累積した鬱憤が基準値を超え、通うのを止めてしまう。

週に2回、予約、つまり約束といういちばん不得手な義務を課せられ、いくらかの治療費を払い、溜まりゆく領収書を整理して医療控除の準備をし、興が乗った仕事も中断し、しかもジャリをそのたびにどこかに預けなくてはならない、なのにちょこっとワタ替えるだけかよ! たかが10分のためにこの煩しさ、しかも口内のどこかは常に工事中で食事の楽しみもスポイルされ続けてムキー! みたいな状況でこの先の人生が埋め尽くされると想像するストレスは、僕にとって歯痛の比ではない。

なんだか恨み言が過ぎたが、とにかく噂に聞いたこの歯科医の評判は本物だった。腕の善し悪しをはっきり断じることはまだできないが、とりあえず1回の治療に2時間以上、何本あろうが、こちらかあちらのスタミナが切れるまで、作業を続けてくれる。ある程度時間をおかなければならない行程もあり(たとえば傷口の癒着を待つ、とか型を取って銀歯を作る、とか)さすがに一回で治療が終了するわけにはいかないが、数本の治療を並行して行ってくれるのは素晴らしい。虫歯治療の合宿免許みたいで、何事も短期集中のほうが楽にこなせる僕としてはほんとに助かる。灯りのないトンネルに入るとき、出口が見えるか見えないかの違いは計り知れないよ、ほんと。

たぶんたいていの歯医者の診療スタイルがああいった小刻みなものになったのには、それなりの正当な理由、たとえば歯列に与えるインパクトを抑えるとか1回の麻酔の総量が増えないようにとか、いろいろあったりもすんだろう。そこらへんをどう回避していくのか、もしくは回避できないのかも興味深いが、いずれにせよしばらくはこの歯科医とつきあっていくつもりだ。もし近い将来、口腔内がオールクリアな状況になったりしたら、いつも積み残しタスクが途切れない仕事もパキッと終わっちゃったりなんかするのだろうか。しませんね。人格改造セミナーにでも行ってきます。というか、あの手の商売で「遅刻が治るセミナー」とか「約束が守れるセミナー」とかはっきり標榜しているとこがあって、ほんとにかなりの効果を上げてたりするのなら、それがかなりトンデモで数十万かかったって僕は喜んで行くだろう。どっかにないものか。