迷い道クネクネ

深夜に椎名から電話。彼女がネットゲーにはまって相手してくんないのでドライブでも行きましょう、とのこと。じゃあそこら流すか、というので男二人で深夜のドライブ。えーと、コイツとこういうの、50回目くらいなんですけど(笑)、まあいいや、レッツゴー。

どこへともなくクルマを出す。道中、タバタ君に教えていただいたナイトライフ新天地(笑)について、どこを走ってるのかも気づかないほど熱中してしまって、気づいたら僕の実家のそばにいた。何考えてるんだ貴様(笑)。まさか3時半に母親を起こすわけにも行かず、実家を遠目に眺めて、通学路とかモノレールで変貌した街道沿いとかノスタルジー確認している間に、思い出した場所がひとつ。

ちょっと手間といったら手間なので椎名にまだ走る気があるか聞くと、マンマンでーす、との答え。よし、行ってみようか。目的地を告げずに俺ナビ始動。国立から谷保、甲州街道鎌倉街道で中河原。多摩川を渡って聖蹟の手前で川崎街道を左折。ここまではメジャーな道。問題はこっからだ。多摩丘陵を越えなくちゃならない。かつては完璧に諳んじてたから朦朧とした意識でもたどり着けたけど、いくつか細かい交差点を入っていかなきゃならないのでちょっと心配。

連光寺坂上を右折。オーケーオーケー、コーナーの感じ、印象的な建物や自販機の位置、ゴルフ場の看板、覚えてる覚えてる。椎名はひさしぶりにワインディングを走れてゴキゲンだ。普段使わない回転域で快調に飛ばしていく。いいぞ、ひさしぶりの田舎道。この先、多摩大学のチャペルみたいな校舎の向こうに永山のニュータウンを見て、坂を下りきったらT字路を左だ、よ、、、って。。。。

唐突に視界が開け、オレンジ色の光でいっぱいになった。どこだここ。真っ暗な丘陵に高層建築群。人の気配がしない。深夜だから当たり前なんだけど、そういうんじゃなくて、人がいた形跡がどこにも見あたらない。新品の廃墟。なんだこれ。圧倒されてるうちにT字路に出た。どっちですか? って聞かれてもわかんないよ。左のはずだけど、こんな風景じゃなかった。まっさらな歩道に常夜灯がどこまでも続く。ベルリンにでも来ちまったみたいだ。いやベルリンに山はない。じゃあ月か?

落ち着け、と言う前に、呑まれてしまった。両側には荒くれた造成地が、針金をめぐらせた丸太に囲まれて続く。完全に方向感覚をロストした。僕は割と方位を同定するのには自信があって、星も出てない曇りの夜でも、ランドマークに頼らずだいたいの方位はわかるもんなんだけど、もうそれどころじゃない。漆黒の空を煌々と照らす、売り出し前の高層住宅は絶え間なく続く。底知れず心細くなる。どうしよう。怖い。いや進め進め名々迷いながらも進め。「ゲンさん、さっきのとこに戻っちゃいました」うっわー。

このループから一生抜けられずに死ぬんだ。こんなデスなエリアをぐるぐると。やだよーどんなディストピアだって人くらいいるじゃんよー。埋め立て地なら潮の匂いするじゃんよー。ここは違う。完全に沈黙した、無臭で、地上から陥没した建築群しかない。椎名は何かの収容施設、老人ホームか刑務所か精神病院みたいだとか言っているけど、椎名だってわかってる。どの建物も、よくある高層団地の形をしている。ただ、この土地の時空が歪んでるだけだ。いや待てT字路、さっき左だったんだから右はどうだ。絶対左のはずだけど、無限ループよりさらにハマるほうがまだマシだ。行こう。と軽い上り坂を登り切ったとき、今度は左手に青白い、十字架の形をした光が遠くまで累々と。墓地! 背筋が寒くなる。

よく目を凝らすと京王の車線区っていうか操車場だった。架線のひとつひとつにぼんやりと水銀灯。そうわかった今でも改めて見るとやっぱ冥土じみている。と思ったら、ようやく見覚えのあるガードをくぐった。右だったかー。どうやら先のディストピア開発で道路もずいぶん変わっていたみたいだ。道はようやく普通の田舎道に戻る。しかし何だったんだアレは。僕だって多摩育ちだし、ささくれだったニュータウン開発はいっぱい見てきた。でもさっきのはもう、次元が違う。ほんとに時空が歪んでると思った。異界だよ。アップダウンがあるせいだけじゃないと思う。男二人、新百合あたりまで思い出しては震えっぱなし。

(ちなみに帰ってきてからマピオンで見たらこんな感じ稲城台病院前というバス停のところの三角地帯がロストの原因で、昔は県境線に沿った細い一辺しかなかった、つまり一本道だったのだ。)

あとは百合ヶ丘の駅前を通って、どこに着いたかと申しますと、えーと、10年前の彼女の家の前だ(苦笑)。幾度となくバイクで通ったこの道。途中トワイライトゾーンに迷い込んじゃったものの、よくもまあ覚えてたもんだ。そんで、もう実家出て結婚して子供も産まれて、って風の噂に聞いていたので、安心して表札見に行って、アラまだあったー!とかってハイタッチ。最悪だ(笑)。で、百合ヶ丘の高台から、門限ギリギリに彼女を送ったあとで一人でタバコとかふかしつつ眺めてた王禅寺のニュータウンを見渡して、ああ、なにやってんだろう27歳、とかって(笑)。

帰りはずっと世田道で帰ってきたんだけど、登戸から多摩川を越えてもしばらくは台地が続いて、クルマの窓からでも住宅街のバックに低い丘陵が黒く見えたりするんだ。それが環八の手前あたりで完全になくなって、平野になっていく様をずっと見ていた。途中何度かイヤだなあーって思うゾーンが現れて、全部怖いんじゃなくて、ちゃんと自分の中で健全に感じるエリアと怖いエリアにコントラストがあって、別にそれは住民の所得がどうとか地価がどうとかいうんじゃなくて、どうもうまく言えないんだけど、街路樹とか歩道とか、あと大通りに直行する道が多いとかそうじゃないとか、ガードレールの素材とか、なんかそういうのの総体的なイメージなので、その受ける印象の根っ子の部分をよく調べていきたいと思った。たとえば用賀の環八×世田道交差点あたりって完全に碁盤街なんだけど、あれなんか軽く怖かったな。

三茶まで来て首都高の高架が見えたところで、ようやくアーバンブルーズの勢力圏に戻ってきたって感じだ。人それぞれ原体験は違うだろうけど、首都高の高架はやっぱり素晴らしい。もの悲しくて、わくわくして、うらさびしいのにほっとする。さすがは都内最大の建造物だ。それにしても今日はいっぱいいろんなものを見過ぎた。網膜的にはかなり消化不良だし、首根っこも鈍く痛い。3時間半のドライブを通して思っていたのは、日本には人がいっぱい住んでるってことを忘れてた、ってことで、その月並みな再発見には戦慄さえ覚えた。みんな「暮らしてる」んだなあ、つうか、こりゃ自民党勝つわなあ、とか、テレビはすごいよなあ、とか思った。

あとぜんぜん関係ないけどもうひとつ。亜鉛は凄いです。びっくりした。