対位法とトーナル2が連続で、クラシックぶっつづけ3時間の日。対位法の先生が「ルール違反じゃないけど気に入らない」ゾーンの答案にboring、boringと繰り返し始めて、ちょっと先生の人格が心配になってきた。一方トーナルの先生は最初つっけんどんだったのがどんどん人間味が出てきて、かわゆい。ところでもう5日前になるけど、日曜の晩にポケモンGOの現行142種+アジア限定カモネギ=143種をコンプリートしまして、ああこれでやっと終われる…という感慨とともに、喪失感がすごいです。つうわけできょうは少しポケモンGOのことを書いてみたいと思う。


私は普段ゲームというものをまったく嗜まないのだが、それはつまり免疫がないとも言えるわけで、パラノイアのようにポケGOにハマってしまったのも当然といえば当然なようにいまになって思い返す。なにせポケGOというゲームは幼年期から自分が持ち合わせていた好みの要素を多分に備えていて、すなわち地図と町歩き、収集癖とコンプ欲、それに澁澤・荒俣っ子だった中高生の時分に熱中した博物学。それらが多重に投影されたゲーム設計がゆえに、リリースから1ヶ月くらいは犬の散歩のよいお伴となってくれていた。

ところが、だ。8月の半ば過ぎだったと思うが、忘れもしないカメックスを作ったときに、それまでの吸引力が霧散してしまった。それはつまり、私が好ましく思っていたポケモン世界のプリニウス的なアナロジー、ビュフォン的なエレメント思考、シュテュンプケ鼻行類のような想像力が、一気に台無しになってしまった瞬間であった。だって背中にバズーカ生えてんだもん。無機物おかしいだろ無機物、まじで。あそこで一気に熱が冷めてしまって、1週間は立ち上げない日々が続いたように思う。

その熱が再燃し、再燃どころかファナティックな様相を帯びてしまったのは、一時帰国したとき、お茶してた友人からレーダーツールの存在を教えられたせいだ。レーダーツールというのは、いま現在どのポケモンがどこに出現しているか、あと何秒で消えてしまうかが表示されるメーカー非公認のサービスで、ポケモンは出現後15分で消失するため、仮に出現と同時に発見できたとして、900秒の猶予内に到着すればゲットできることになる。東京ではP-GOというアプリが隆盛を誇っていた。

900秒というと早歩きでだいたい2kmである。900秒まるまる残ってることは稀なので、半分としておよそ1km圏内に狙いのポケモンが出るたび、駆けつけて捕獲してやろうという話になる。GPSのログをたどれば8月の28日はひと晩で21.1km、29日は雨でそれでも6.9km、30日はひと晩で22.1km歩いている。アホである。この頃はまだ図鑑も100種前後で、歩くたびにどんどんブランクが埋まっていく気持ちよさに浸っていられた。9月の1日に日本を発ったときには、130近くまで揃っていたように思う。

このレーダーツール、アメリカではpokevisionというのが大流行したのち、メーカーが対策を取ったことでまともに機能するものはなくなっていた。ゆえにこのレーダー遊びは日本にいる間のお楽しみ、と思っていたのだけれど、ボストンに戻ってきて2日後、チャールズリバー沿いにたむろしているポケモンマスターたちと話したとき、ボストンにも機能するレーダーが存在することを教えられてしまったのだった。そのあと2週間にわたって見つめ続けることになる、pokegoboston.comである。

東京では歩き回るしかなかったけれど、家には自転車がある。レーダーに加えチャリの機動力を手にいれたことで、私は再度、しかも前回よりどっぷりと気が触れてしまった。レーダーを狙いのポケモンに絞り込んで観測していると、出現。残り時間を確認してルートを組み立てたら、猟犬みたいに漕ぎまくり、ゲット。ふたたび発見、脳内ルート検索、鬼漕ぎ、ゲット。ひと晩に3、40kmは夢中で走った。やってみてわかったのだが、このレーダー捕獲ゲーム、もはやポケモンとほとんど関係なくなっていて、何に似ているかというと自転車便にそっくりなのだった。

いまではみんな引退してしまったが、数人いる私のメッセンジャーの友人は、全員が全員はっきりと快楽主義者で頭がイカれていて、なぜかメッセンジャーっていうのはそういうタイプが集まるよね、お互い呼び合うのかね、なんて言っていたけど、なんのことはない、自転車便という仕事自体に圧倒的な快楽が内含されていたのだった。ピック先と配達先が無線で入ると、頭フル回転で最短経路と所要時間をはじき出す。あとは肉体フル回転で漕いで漕いで漕ぎまくる。脳味噌と筋肉ががっちり噛み合って、アドレナリンがドバドバ出まくるヤバい遊びに彼らは熱中していたのだと、いまさら気づかされた。

しかしそんな幸せ脳汁ドバドバデイズも、たった5日半しか続かなかった。着々とポケモンが集まり続け、コンプリートまであとひとつを残すのみとなってしまったのだ。そしてそのラスイチ、和名はラッキー、英名Chanseyが、とにかく出ない。特別出ない。pokegoboston.comはボストン圏の10マイル四方を観測対象にしているのだけれど、そのエリア内に、平均すると1.5時間に1匹くらいしか出現してくれない。カビゴンカイリュープテラもレアとされているのだが、それでもラッキーの3、4倍は出てくれる。

出ないことには走り回りようもないので、家で、カフェで、まんじりともせずただレーダーを見つめているだけ。たまに出現したとしても、とてもじゃないけど15分では到達できない場所ばかり。翌日からは出現場所と時間のログをつけ始めた。何らかの法則性を見出して読みが立てられるかと考えたのだ。すでに大半のポケモンに関しては出現に再現性が発見されていたのだが、ラッキーは違った。Chansey(気まぐれ)の英名通り、出現時間にこそある程度の法則はあるものの、場所はもうてんでバラバラ。公園に出ることが多いのだが、エリアはランダムでついぞ法則性は見出せなかった。

すでに学校も始まっていたし、そもそも1日じゅうレーダーを監視しているなんて、とてもじゃないけど精神がもたない。だからといって目を離したすきに近所にラッキーが出ていたらと思うと気が気じゃなくて、ベッドでも風呂でもレーダーを手放せずにそわそわしている日々が続いた。残り1種になったのが9月9日で、14日にはヤマを張ってみようとかなり南のアシュモントまで足を伸ばし、半日待機していたこともあった。それでも到達できる圏内にラッキーは出現せず、16日、思わぬ伏兵に遭遇することとなる。ポケGOアプリのアップデートだ。

アップデートによってAPIの仕様が変わったのだろう、頼みの綱のpokegoboston.comが動かなくなってしまったのだ。およそ1日の機能停止ののち、管理人が回復を試みたのか、17日には少しずつ動作するようにはなった。なったのだが、出現の半分くらいしか拾えていなかったし、残り時間も出たり増えたりいきなり消えたり、動作は不安定そのものといった感じ。自分のなかで、これはもうダメかな、コンプリートむりかな、という諦めムードが漂いはじめた。あとぶっちゃけ家庭も崩壊寸前だった。

どうにもならないムードのなか、それでも地味にログ取りは続けていたのだが、ついに18日の深夜、自宅から2km弱しか離れていないコプリー付近に、ラッキーが出た。出た瞬間を見たので思わずウワと声も出た。ところが出現したばかりなのに、残り時間が28秒と表示されている。すぐさま淡雪のように消えてしまった。がっくりと膝が折れる。ところが30秒ほどのち、同じ場所にふたたび出た。また残り時間は28秒。これ、なんかおかしいぞ。わかんないけど、なんかエラー起こしてるんじゃない?

すんなり諦められる気には到底なれず、パーカーをはおって、自転車を押して家を出る。エレベーターで1階まで降りる間に、ラッキーの姿はレーダーからもう消えてしまっていた。でもこれ絶対おかしい。おかしいというかあやしい。夜のコモンウェルス通りを10日ぶりに鬼漕ぎして、消えてしまった現場を目指す。あと1ブロックで到達、という信号待ちでスマホを覗くと、近くにいるポケモンの欄にシルエットが表示されていた。うわ、やっぱいた!残ってた!レーダー信じなくてよかったー。

というわけでレーダーツールのエラーにもめげず、しつこく食らいついたところで143種目のポケモンゲットと相成りました。もうほんとビタイチ何の役にも立たない、誰も褒めてもくれないし自慢もできない、奥さんはひと晩口をきいてくれなくなくなるw、完全に役立たずの熱狂だったけど、ひとつだけよかったのは、東西はプレジャーベイからチェスナットヒルまで、南北はノースクインシーからメドフォードまで出張ったおかげで、出不精だったボストンの地図が、一気に脳内に描けるようになったことかな。

捕獲に向かった先々で、少なくないガチ勢と言葉を交わせたのもよかったか。「デートの途中だったけど彼女置いて来ちゃったよ」とレンタサイクルで駆けつけてきたバカ、uberで乗り付けてきた中国人カップル、オフィス街で仕事ほっぽりだして来ちゃったスーツ組。彼らと一瞬時間が交差できたのは、レーダーのおかげだった。レーダーツールはメーカー非公認だし、言ってみれば一種の不正行為だとわかってはいるけど、でもそのチートが開いてくれる新しい世界もあるよなーと。ただ中毒性が強すぎるので、やっぱり非公認でこそこそ使ってるくらいがちょうどいいのかもしれない。