お待ちかねのビザ面接の日。なのに昨晩からのパスポート、探して、探して、探して、探して、やっぱりない。ないったらない。ということはどういうことか。まずパスポート再発行に必要な書類など調べる。そこではたと気づく。ビザの申請には大学から発行されるI-20という「確かにうちの学校で引き受けますよ」という書類が必要なのだが、そこにもパスポート番号がある。

ということは誤魔化しなくやるなら、パスポート申請(1日)→再発行(6営業日)→I-20の再発行(前回は20日+発送6日)→ビザ申請(DS-160)→ビザ面接予約(前回は10日後)→合格してからのビザ発給(7日)=12/28の出発どころか、1/19の入学にだって間に合う気がしない。I-20なしで緊急のビザ発給を申請するという手もあるが、今度は通らない可能性が出てくる。Oh...

埒があかないので風呂に入ることにする。次の新学期は6月だな。半年どうやって過ごそうか。普通に英語とソルフェージュの予習か。それもよかろう。とか考えながらお湯に潜っているわけだがこのまま息をしないでいたらすべて楽になるな。しかしこれだけ探して出てこないっておかしくないか。この日記によれば最後にパスポート触ったのは26日の住民票出してもらったときだ。あの出張所で……。ザバァ、服着る、交番駆け込む、遺失届出す、受理番号は……え、届いてる?

いったん家帰って警察署が空く8時半まで待機して、会計課かけこんでパスポート確保。膝抜けた。休む間もなく目指せアメリカ大使館。入り口でパソコン預かれないと言われてカチンと来た。10/20に公証に来たときは預かってくれたと言うと、ビザ申請者のはダメだという。何なんだそれは。押し問答もしたくないので溜池山王の駅まで戻ってコインロッカーに。戻って入館、はしばしからアメリカの属国だなーという感慨を受ける。

大使館のサイトには、ビザの面接はフレンドリーで簡単!みたいに書いてあるのだが、意外やけっこうタフな面接が繰り広げられていて、隣の女性はアメリカ人と離婚して、その同じ人とまた結婚するというので何か雲行きが怪しくなっていて、みのもんたのテレビ相談みたいなあけすけな身の上話をもう15分近く繰り広げている。もひとつ隣のブースはフィリピン人と日本人のハーフの女性で、どちらの国籍かは存じないがアメリカで飲食ビジネスをやるらしくて、こちらはもう30分もレシピだのビジネスプランだのを話している。

面接は簡単な英語ながら割とネイティブな速度で質問されるので一瞬マジかよと思った。年齢と過去の渡米歴を聞かれ、渡米の目的、なぜこの学校なのか、卒業したらどうするつもりか、これまでどんな仕事をしていたのか、のあたりで領事の人の表情があからさまに混乱をきたしてきた。メディアの仕事をしていて、41歳で退職して、音楽の勉強? 仕事に必要ないのでは?「まあ、必要ないです」。ではなぜ留学するのですか?

「For... joy of life?」って返事したところで領事の人が腹筋崩壊。ものすごい苦笑とともに上司っぽい人に相談しに消えた。結構待たされて、ありゃー不真面目だからアウトーとかあったりするのかな、とか話していたら、やっぱりものすごい苦笑とともに戻ってきて、楽器は何をやるの?とくだけた調子に。その感じで、ああたぶん大丈夫だな、と思いながらエレクトリックベースです、と答えたらCool!と。1週間ほどで郵送で届きますからお待ちください、みたいなことを言われて、最後に留学をエンジョイして!みたいなことまで言われて、おしまい。

帰りにツッカベッカライカヤヌマでシュネバーレン、アプフェルシュトゥルーデルザッハトルテなど買って帰る。昨夜からのストレスがたたったのか右脇に痛み、帯状疱疹が出てしまった。帰宅後倒れこみ、寝込む。すごい寝汗、2度着替えて、また失神。