朝っぱらウルフに叩き起こされて、いまから出かけるから服着ろ、というので寝ぼけ眼のまま出かけると、スケボーに行くはずが山手線乗って羽田に向かってて、渡されたエアーのチケットには神戸と書かれていて、どうやらこれは誕生日を祝うサプライズというやつらしくて、えーと何だこれ。

どうやらtofubeats「水星」のリコメンド文に神戸のことを憧れの未踏シティと書いていたのを覚えていたらしく「その神戸を見せてやる」と言う。正直どういう顔していいかわからなくて(笑えばいいと思うよ)困惑し、引きつりながら搭乗手続きなどしているのだが、なんで引きつっているかと言えば、それほど神戸は自分にとって幻想を暖め続けてきた聖地だからだ。

私はもう中年で、期待の大半が裏切られるであろうことを知ってしまっている。入れあげ方が強ければなおさらだ。大きな幻想は大きな幻滅しか呼ばない。そしてサードガール以来育まれてしまったアーバン神戸幻想は巨大である。楽しみだなー、でもがっかりして帰ってくるんだろうなー、行きのエアではそう思って言葉少なになっていた。

ただまあ着いてみるとですねー、まず花鳥園でオオハシやフクロウと戯れて精神年齢が10歳前後になってしまい(ここでアレルギー出なくてほんとよかった)、あとはポートライナーの最前席すわったり知らない町のスケートパークでちょっと流したりして(おれは休日スケートができないと機嫌が悪くなるのでウルフが下調べしてくれていた)、もうなんかゴッキゲンなわけですよ。

そのテンションのまま北野町へタクシーで移動。車内で「サードガール 聖地巡礼」でググって異人館をチェック、あとは回るごとにウキャーだのワキャーだの大騒ぎで、アホな写真を撮りまくりました。坂道と洋館とファンシーショップとのコンビネーションは、鎌倉と清里と長崎のハイブリッドのごとし。

途中寄った白いペンキ塗りのフランス雑貨屋で完全に我を失い、あーもうダメだ、死がー、死がー、と自我崩壊。私は、小学生の私の魂は、手編みのレースやブリキのミニじょうろや木製の洗濯バサミできゅんきゅん高鳴るようなファンシーキッドであった。自我丸出しとの誹りを受ける私とて、長く生きている間に鎧を着込んだのであろう、それを押し込めて隠すに至った。その地獄の釜の蓋が、ぱかりと開いてしまった。

日が傾きかける頃、tofubeatsくんに会うため三宮の駅へ。町は年に1度の花火大会の日で、浴衣の金魚たちがわんさか、みんな表情が軽く上気していて、それが初訪問のテンションと噛み合って風景をドラッギーなものに変容させていた気がする。にしむら珈琲で再会、なんやかやダベったのち、街を案内してもらえることに。大丸(百貨店こらしめでおなじみの、あの大丸!)から南京町、元町、線路をくぐってトアロードからふたたび三宮。はしゃぎすぎた。街案内ありがとう。

トアロードデリカテッセンでお土産を買い込んだら、もうポートライナーで空港へリタン。ちらっとメリケンパークの夜景も見えて、あとは花火だなーと思っていたんだけど、花火大会の開始は飛行機の離陸と同じ19:40なので無理かー。日帰り強行の疲れがウルフにもおれにも出始めていて、空港のコンビニでぼんやり惚けていたら乗り遅れかけて死ぬかと思った。そんで離陸寸前、滑走路でフルスロットルになったところで窓に小さくポン、と花火が上がったので、ああこれで思い残すことなくなっちゃったーと笑った。

帰りの夜間飛行はまれに見る快晴で、渥美半島から遠州灘御前崎、焼津、静岡、清水に三島、小田原から湘南、逗子でいったん暗くなって横須賀から川崎と、ずっと海岸線の灯りを眺めながら帰ってきました。途中10以上の町々で花火大会が催されているのが見えて、カラフルな粘菌の胞子が立ち上がるさまを早回しのフィルムで見ているような、ささやかな発火のもとに、町々の若いひとびとの、もしくは若くないひとびとの暮らしと営みがあるのかと思うと、短絡的なおセンチに襲われてたまらない気持ちになるのでした。いい日だった。ウルフありがとね。