Ustで地上波が見れたせいで明け頃まで原発のことなどを考え、キクチサンのパーティは催すのかと勝手に心配しているうちに寝てしまった。存外深く寝たようで、昼過ぎに外で会う約束をしていた恋人に叩き起こされて目覚める。
震災が頭にべったり張り付いて気もそぞろなので、犬を連れて、梅でも見に行こうかと連れ立つ。新代田から羽根木公園の裏手に周り、梅が丘へ抜けて緑道から帰ってくる。麗らか也。世は事もなし。
犬を置いて食事に出る。環七沿いの日の丸軒。中級ユーラシア料理を標榜する、昭和のエキゾチズムに彩られた怪食堂である。驚くべきことに出てくる皿どれもウマい。何か外さない芯のような感覚があって、それがユーラシアセンスということなのであろうか。
食事が済めば諍い事である。紗が掛かったように視界が暗み、何を言われているのかよく判らなくなってしまう。5秒前に何を喋っていたのか思い出せなくなる。只の幼児退行の一種であろう。ただ相手を苛立たせるだけで何の解決も見ないまま店を後にする。
アパアトメントも客は我々のみ。酔った原が山岡君に噛み付いた話で大いに笑う。視界の片隅にはノイズ交じりの小型テレビが被災地を映し出していて、しかしそれでも、絞り出すように、笑ってみせる。ツイッタを覗けばやれ非常時だ不謹慎だ、戦中に非国民呼ばわりされながらバーで酒を舐めているような気にすらなってくる。
帰宅して、付き合い出してからもっとも親密な話し合いを経、明け頃、恋人だった人を送り出した。風呂に入ろうと洗面を見ると女物の化粧水やらクレーンジングやらがごそり目に入り、ようやく感慨が降りてきて、その場にへたり込んだ。何故か被災地のことを考えていた。