つづき。

ナカミチといえばみんな真っ先に思い浮かべるのは、かつてのフラッグシップ機じゃなくてDMRやHMVに置かれてる試聴機のことだと思う。あれが登場したのが確か80年代のおしまいのほうだけど、いま思えばその頃まで試聴機ってあんまり置かれてなかった気がするのにも驚く。なんか、あれ? どうなってたんだっけ、視聴システム。僕が足繁く通った国立のディスクユニオンを思い出してみようとするんだけど、どうもよく思い出せない。ハンズの先にあったタワレコのことも、試聴機どうなってたのかあんまり記憶がない。情けないな。

さておきその試聴機を仕掛けたのが広報部のT氏というおじさんで、ちょっとお目にかかったことがあるんだけど、これがまた、失礼ながら通勤電車とか新橋とかでウォーリー探されちゃう、地味ーなフツーのグレーのスーツの、しかもめちゃくちゃ腰が低くて人当たりが良いおじさんだ。でもこの人には信念めいたものがあって、それはもちろん自社の製品に対する自信なんだけど、ウチのオーディオはちょこっと聞いただけで誰にでもわかるほど音が良い。でもオーディオ消費を支える若年層に聞いてもらえる場所がない。どうしたらいいだろう。というところで彼が目を付けたのが外資系CDショップだ。

なぜならそこにはそれまで日本のレコード屋さんにはなかった(ように思うんだけど、どうだろう、少なかっただけかな)試聴という考え方があり、音楽を能動的に選択しようって志のある若い子がいっぱいいて、しかもまだ決定的なハードがなかったから。ここに、たとえ採算度外視でも自社ロゴの付いた製品を滑り込ませることができたら、変な広告打つより効果あるんじゃないか。それがT氏のアイデアだ。ブランド構築云々なんてビジネス書より5年早くこれだけ的確なプランを、それも非常に趣味性の強い業界で、プロダクションまで含めて提示できた眼力はほんとうに尊敬に値する。そしてナカミチは、それに半分だけ成功した。

実際生産された試聴機はご存じのように素晴らしくて、ほんとにクリアでパワフルな、こんな陳腐な言葉で表すのがいちばん適したような、どんなオーディオに無頓着な人にだって一瞬でイイネって伝わっちゃうほどの普遍性まで備えた音だった。すごい音量上げても(ヘッドホンが割れなきゃ)歪まないから、あれはEQで味つけて云々っていうよりヘッドフォンアンプのヘッドルームのおかげだと思うし、それはつまり当然のことをやっただけ、とも言える。だからCDラジカセ的なけばけばしさを出さずにあの音圧を確保してる。その名前は、買ったCDを家に帰って聞いたときの「あれ、試聴機じゃ良かったのにおかしいなあ」という逆説的な疑問符によって浸透した。すごくゆっくりしたペースだったけど、伝わるべき層にちゃんと浸透したと思う。

でも、広告戦略はうまくいっても、販売はあんま伸びなかった。だって売ってないんだもん、ナカミチ。SoundSpaceはエディフィスが目を付けて置いてくれたけど、量販店にそっぽ向かれちゃね。その原因には、販売店の無知と、ディスカウントストアに並べたくないってメーカーのプライドと両方があったと思う。とにかく、ブランド名は届くべきところに届いたのに、プロダクツは届かなかった。一時期躍起になって各誌で書きまくったんだけど、あんま力になれなかった。残念。それでも僕は、グレーのスーツで新橋にいそうなTさんの、外資系CDショップの試聴機をSPチャンネルとして着目し、音楽好きな若い子の耳を信じた気持ちをすごいと思うし、これからも期待してる。

そしたら倒産しちゃった。確かなことは調べてないからこのくだり信憑性ゼロだけど、オーディオ部門の不振もさることながら、PC周辺機器に手を出してコケたのが響いたんだろうな。ITの旗にちょっと安易に乗りすぎたんじゃないかな。ここで黙ってオーディオだけやっときゃよかったんだよ、と言うのは簡単だけど、そんなことよりT氏の今後が気になる。繰り返すけど、あんなフツーのおじさんが音楽と音楽を買う若い子のことをちゃんと知っていて、しかもそれを信じてくれたって事実に僕はすごい励されるし、そんな人がいるメーカーがなくなっちゃうのは(よくあることだけど)やっぱり悲しい。(なんかナカミチ本体はポシャったけど、ナカミチ販売はこれからも続けてくみたいね。すーげー呑気な作りのサイトを見たところによると。うまいこと敗戦処理してオーディオを延命させたってことなのかな。)