書くって言ってみたものの、クレジットスコアのこと自体は、「アメリカ クレジットスコア」とかでググればもういくらでも出てくるんで各自そうしてみてください。



読んだ? んじゃそうしたクレジットスコア社会に実際に接してみてどうよ、って話だけど、端的に地獄だしいまここに現前するディストピアだよ。

もともとの個人信用情報をアルゴリズムでスコア化しようという考えは、合理的だし別に悪い技術じゃないと思う。でも人間というのはそれをそのまま受け取るようにはできていないし、そのあたり常に技術サイドの想像力のなさはおばかさんだと思う。現実にはクレジットスコアは、まさに人間の偏差値、新しい身分制度として一人歩きし始めていて、とうとう就職試験の判定にまで使われるようになった。

そしてクレジットスコアはそのストック型のアルゴリズムがゆえにアップサイドにドラスティックな変動は生じず、それはつまり身分制度を固定化することに寄与している。なにか病気や予期しづらいアクシデントのせいで支払いが滞り、いったんスコアが低くなってしまえば、スマホも買えずネット回線も契約できず、クルマも買えないし借金もさせてもらえない。まあそこまでオーバーには排除されないんだけど、でも近いことが起きる。そしたら巻き返すチャンスもだいぶ長いスパンで奪われたままになる。

アメリカ人の友達がいたらスマホを見せてもらうといい。クレジットスコアをセルフチェックするアプリが高確率で入っている。みんなその点数を少しでも上げるゲームに参加している。みんなもろもろの支払いが遅れないかビクビクしているけどその理由はスコアに響くからであって、倫理に駆動されてるわけじゃない。点数が上がったら社会から何らかの承認を受けたような小さな祝福にも似た気持ちになってガッツポーズしている。ただ信販会社が上客だと判じただけなのに。

当然だけど同様のことは中国でも進行しつつあって、アリペイがさらに人間偏差値的なパラメータを築いて大々的にやっているらしい。そして日本でも近い将来導入されると思う。あのおなじみ年次改革要望書に数年前に盛り込まれていたから。ろくでもねえ。ひとつだけ気に入っていることがあって、アメリカでクレジットスコアを自己チェックするサービスの最大手は、クレジットカルマという。とても皮肉が効いていて、アメリカ人やるな、と思わせられる瞬間である。