きのうはフルスカラシップ(学費免除)の子を軸に話したけど、いったん目線を下げて、それ以外の我らドン百姓、じゃなかった一般学生の話をしてみたいと思う。

入ってみてまず圧倒されるのは、どうやっても追いつける気のしない、次元の違う天才候補生たちの姿。それから、誰にでもわけへだてなく熱心な先生もいれば、見込みある子にだけ熱烈指導して、あとの芽が出なさそうなのはベリグーベリグーで流してる感じの先生もいるってことだ。入って何週間目だったかな、このままボンヤリしてたら、いいお客さんのままで卒業しちゃうね、って話を友達としていた。

一方で早い段階から、あなたのゴールは何? あなたの商品価値は何? ということをさまざまな局面で問われることとなる。それがファイナルアンサーである必要はこれっぽっちもないのだが、とにかくキャリア設計に対して意識的であることが求められる。なんでかっていうと、きのう言った求心力の現実サイドのほう、そこそこの即戦力として輩出しようという意思が学校全体にみなぎっているからだ。

どこかの時点ではっきりと専攻を決めなければならないのだけど、純粋に演奏家として競争に勝ち抜いていくのは無理かなー、だったら…といって多くの生徒がよりサバイブの目のありそうな進路をとる。実際のところ演奏を専攻にする学生は半分もいなくて、作曲編曲系、制作系、ビジネス系、エンジニア系、教育方面、たくさんのオプションが用意されている。


いずれの道を志したところで、例の天才候補生たちがオリンピック選手村みたいに佃煮状態だ、生存戦略を練らなくてはならない。加えて留学生には、言葉の壁もそそり立つ。もしポピュラー音楽の本場であるアメリカで活動をしようと志すなら、居並ぶネイティブの子たちを押しのけて、クソうまい連中も押しのけて、自分がコールされる理由を、自分で見出してプレゼンテーションしなければならない。

そこで嫌が応でも自分のアイデンティティについて意識的になる。もう少し踏み込んで言えば、アイデンティティの重心にナショナリティを配置するかどうかという問題に。おおむねこの問題は、3つの極に分類できると思う。すなわち死ぬ気で現地化するか(ジェロ)、異邦人として売り出すか(ゾマホン)、もしくは高技能によって脱国籍化した存在になるか(ボブサップ)。ちなみに上原ひろみさんはエスペラント語的に脱国籍化した最たる例だと思う。

授業で集まってみると面白いもので、作曲でも演奏でも、お国柄というのがほんとうにある。東アジア人はメロもコードも久石譲っぽくなるし、ラテン圏の子はこってりしてるし、そのなかでもブラジルはボッサの涼しさがあったり、インドの子はもうインド丸出しなのだった。そんなの当然だろうって思うだろうけど、実際目の当たりにするとマジでお里が割れるのに驚かされる。それを、どう自分の価値付けに使うか(使わないか)。


カフェテリアでは日々、ぼんやりアホ話をしながらも、なにをしたら自分に強みが宿るんだろう、どんなことをしたら頭角を現すに至るんだろう、ウッドベースにワウかけたら目立つかな(それもういるから!)、バグパイプビバップやったら?(それもいる)、おら韓国戻ってアレンジを手がけたアイドルと結婚すっから(それはむり)みたいなサバイブ与太がちょいちょい出てくるわけです。みんな心のどこかでいつも考えてる。

そんで昨日の続きだけど、そこにフルスカラの、しかも絶対音感もちの超有望なスペイン人ギタリストが「もうアカンわ」って顔して入ってきて、どしたの?「いやなんか先生にソロが速いだけだって言われて…」いいじゃん、おれもあんなにベロベロ弾けるようになりたいよ!「おれのセールスポイントってなんだろ、ぜんぜんわからん」とか言うわけです。なんのことはない、奴らも一緒だった!

なんつったって1セメ数百人、通年なら1000人くらいがじゃんじゃん卒業・中退していくわけです。その中でミュージシャンとしてwikipediaに載るレベルが何人出るかと言うと、10人いるのだろうか、怪しい。なおのことグラミー受賞者なんて言ったら限りなくゼロに近い割合。しかも上手ければ売れるわけじゃないのは誰もが知っているところで、でも上手いのは最低条件だってこともみんな知ってる。どうしたらいいんだろう。


そういうミュージシャンシップの産出にまつわるグルグルした気持ちを、世界中から集まってきたガッツある子たちと一緒に、ワールドワイドな視座で悩んだり試したり揉みあったりしていられるのが、ここバークリーにいるいちばんの価値なのかもしれない。そう思うのでした。なんでかってプライベートレッスン以外のカリキュラムは、日本にいてもまったく同じことがいくらでも学べるんだよね。門外不出の秘伝みたいなの皆無だし。

そんなところでまとまりに欠けますが、柳樂の想像したバークリーという場所の持つ教育機関としての意味合いみたいのについて、現場はこんな感じって肉声を書いてみました。おれはおれでジャズのイディオムを身につけつつ、うまくて、英語が達者で、しかも若い子たちを出しぬかなければならない、という巨大なミッションを目前にして五里霧中におります。明日からまた普通の日記に戻ります。